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真空管に灯る想い

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「へぇー・・・そうなんだぁ。あの子って同い年の割にはしっかりしてるけど、なんかぼんやりしてる子だよねぇー変に冷たいって言うか、印象が薄いって言うかさ」うるさいな。黙って。見た目しか見てないあんた達に彼の良い所なんてわからない。確かに冷酷なところはあるかもしれないけど、彼は彼なりにすごく気を使っているし、色々考えているんだから。ただ、不器用なだけで。話す時に人の顔を真っ直ぐに見るように、何でも真っ直ぐに考えている人なんだから。すごく、しっかりした人なんだから。なんて考えながら、彩子はプリントを愛おしそうに纏めて、お弁当を仕舞うと友達を残して立ち上がった。彼が、あたしを探して、あたしの所にわざわざ足を向けて、あたしを真っ直ぐに見て話しかけてくれるんならこんな用事でも舞い上がる程嬉しい。期待に沿うように頑張らなきゃ。浮かれた気分で彩子はひんやりとしたコピー室に籠って、手が冷たくかじかむのも構わずに、コピーを取っては出来上がっていくプリントを纏めてホッチキスで止める作業を昼休み中延々していた。


「最近、娘の考えてる事がわからないんです。助けて下さい」
 店の開店準備をしながら、美和子は従業員のジョンソンに愚痴った。ジョンソンは何の事かと目を丸くして首を傾げ、美和子が言った日本語を理解しようと努めているようだった。
「ソレハ、アヤコチャンノコトデスカ?」
 片言の日本語を返されて、美和子はそうだった、この人日本語を勉強中でまだよくわからないんだったと、ふと説明するのが面倒臭く感じてしまって思わず放り投げた。
「No thank you。なんでもないわ。all ok!よ」美和子はそう言って煙管を取り出してやるせなさにそう煙草を吸った。ジョンソンは氷や料理の仕込みをしながら、小粋に被った中折れ帽子の下から美和子の様子をじっと眺めていたが、しばらくすると徐に口を開いた。
「アヤコチャンハ、シッカリシテルヨ。シンパイナイ」
 美和子は煙管から口を離し、驚いたようにジョンソンを見遣ったが、にこやかに微笑むジョンソンにつられるようにして笑って、そうよねと言った。
「なるようになるわよね」
 いつもそうだったし、これからだってそれはかわらないのだから、不自然な形でなければ自然となるようになっていくものなのだ。それは身を持ってよく知っている。ずっと一番近くで見ていた彩子も恐らく充分わかっているだろう。と思う。多分。とりあえず、自分が母として出来る事は受け止める事かな。上手く受け止められるか受け止め損ねてしまうかは、別問題でその心構えが必要なんだな。きっと。よし、頑張ろう。なに言ってもやって行くしかないんだし。もし、受け取り損ねたら、思う存分喧嘩して腹を割ればいいや。彩子が割ってくれればの話だけど。美和子は立ち上がると、店にも備え付けた真空管ラジオのスイッチを入れた。薄暗い店の中で、マジックアイが怪し気にエメラルド色の翼を広げる。いつ見ても綺麗な色。中に入った真空管の形も好き。電気が通ると控え目にほんのりと橙色に明るくなるのを見るのも好き。今の家電製品みたいにいかにも働いてますみたいに大袈裟じゃないところもいいし。押しつけがましく主張しなさ過ぎない感じが好きだなと、美和子は惚れ惚れとラジオに魅入った。
 って言うか、そう言えば、どうしてあの子は今朝あんな事に噛み付いてきたのかしら?
 美和子は火種が燃え尽きた煙管を口に加えたまま、思い悩んだ。あたしに送られてきた無記名の主張し過ぎのラブレターの事かしら? でも、なんであんなに怒らなきゃいけなかったの? 訳分かんない。美和子は彩子が今朝言っていた事を思い出そうとした。
『恥ずかしくて書けなかったんだよ。きっと・・・すごい勇気出して書いたんだよ。きっと』
 あ。思わず美和子は手を打った。成る程ね。はは〜ん。わかっちゃった。ママはわかっちゃったもんね〜♫美和子は、ふふんと1人でほくそ笑むと新しい煙草を詰めて得意げに火をつけた。ま、それでもあたしは温かく見守るわよ。だって、彩子のママだもん♪


「彩子、お弁当作っといたから、持ってってね♪」
「・・・うん」面倒臭がりのママが珍しくお弁当を作るなんて、なんだか気味が悪いけど、ママのお弁当は美味しいからいいかと、彩子は食卓に既に用意された弁当箱を包んだ。今朝の美和子は変に機嫌が良くてやっぱり不審だけど、今日は放課後に学級委員会があるから彩子は頗るご機嫌だった。放課後になにも喋らなくても彼とただ一緒にいられるなんて滅多にない。
 普段はお喋りな彩子も彼の前では上がってしまって緊張して上手く喋れなくなってしまう。彼からもなかなか話してこようとはしないので、余計に2人でいる時間は無言になってしまう。彩子はそれでも良かったのだが、もしかして彼が苦痛に感じているのではないかと時々心配になってしまうのだ。学級委員会はそれぞれの席に隣り合わせに座ってただ、話を聞いていればいいし、時々彼が発言する事を聞いていればいいから気分的にも楽だった。
「行ってきます」マフラーを巻いて、美和子を振り返りながら彩子がそう言うと、歌でも歌っているかのようなご機嫌な声が返ってきた。「行ってらっしゃーい♫」
 玄関を出ると、空は白んだ冬晴れで、太陽は高く何処までも眩しかった。あーなにか絶対良い事起こるよ。きっと。彩子の気持ちは晴れ晴れとして高鳴った。
 その日は、気のせいか、何度も彼と目が合った気がした。勿論彩子は頻繁に彼を見ているのだが、彼が全くなんとも思っていない彩子を見る事は滅多にない。目が合うと言ってもほんとうに0.0秒くらいの世界なのだけど、それでも視線が合う度に最高に嬉しくなって同時に恥ずかしくて思わず自分から視線を逸らしてしまうのだった。そのくせ、バレないようにして覗き見したりして、本当にストーカーの域だなと我ながら苦笑いしてしまう。
 だって、あたしには恐れ多くて、彼はすごい高嶺の花で、とてもじゃないけど、堂々となんて見つめられない。彼にはあたしは不釣り合いだし、もっと彼にはスタイルが良くて頭が良くて優しくて女の子らしくて可愛い子が似合うもん。がさつなあたしなんて到底目じゃない。そこまで考えて、萎えてきた。授業もそっちのけで、両思いになんてなれないのが解っていながらなにやってんだと、自問自答し始めた時、不意に先生に名指しされて彩子は慌てて立ち上がった。思いの外、立ち上がった拍子に倒れた椅子の音が大きく響き教室に鳴り響いた。
「なんだ? 聞いてなかったのか? 教科書を読みなさいと言ったんだぞ」
 選りにも選って一番意地悪い教師に当ってしまった。彩子は真っ赤になって教科書を手繰ったが、聞いていなかったものだから何処から読んだものか全くわからない。いつもの癖で思わず彼の方を見ると、彼が教科書を開いて一部分を指差していた。感動と恥ずかしさで真っ赤になってつっかえながらも、彩子はなんとかその彼が指していた部分から読み始める事ができた。読みながらも彩子の頭は違う事で一杯だった。まさか、助けてくれるなんて・・・!
作品名:真空管に灯る想い 作家名:ぬゑ