太嫌兎村
「これって、ひょっとしたら、世間で言う夢幻(ゆめまぼろし)の桃源郷か…、それとも俺が長年探し求めてきたシャングリラだったりしてなあ」
ここに至るまでに、いくつかの岐路があった。
高見沢は、「ハズミ」と「イキオイ」だけで左右どちらかの道を選び、ここまで車を走らせてきた。
そして遂に辿り着いた所、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい山に囲まれた盆地の風景があった。
しかし、高見沢はわからない。
「ここは一体何と言う所なんだろうなあ。さっき見た道路地図にも載っていないしなあ」
高見沢はそう呟きながら、じっくりとその眺望に目をやった。
そして少し遠目に焦点を合わせ、小川に沿ってなぞっていく。
すると桃の花に埋もれた小さな集落があるのがわかる。
その真ん中に、赤いトンガリ帽子の屋根の建物が一つあるのが見える。
「ヨッシャー、ちょっとあそこへ行って訊いてみるか」
高見沢はその建物を目指して、再びゆっくりと車を走らせる。
窓を開けると、桃の花の甘い香りが車内一杯に充満してくる。
「うーん、気持ちいい」と、幸福気分。
くねくねと曲がりくねった狭い道を、脱輪しないように注意し、集落へと下りて行った。
そしてしばらくして気付くのだ。
何羽かの白ウサギたちが車を追い掛けてくる。
時折り車の先を越しては振り返り、高見沢をじっと見つめる。
その眼差しには警戒感はなく、微笑んでいるようにも見える。
「この地は何と言う所なんだろうか? ピンクの桃の花が咲き乱れ、雪解け水の小川はサラサラと流れ、そして可愛い白ウサギたちが自由に走り回っている、なんと平和な所なのか」
高見沢は錯覚に陥ってしまったのだろうか。
日々騒乱な現代ビジネス社会から、夢にまで見た憧れのシャングリラ。
まるでそこに迷い込んでしまったかのようにだ。