ある村での実情
ユラの決意
村外れに小さな草庵がある。いつもならこの時間にはかたんことんと機織の音が聞こえてくる筈だが、今日は何も聞こえず、草木の揺れる音だけの静かなものだった。
却って、村の中心は非常に慌しい騒ぎとなっていた。
品評会会場が誰かの手によって荒らされていたからだ。
いや、誰か、というには証拠が揃い踏みしすぎている。何せ、その犯人が明確な証拠を残しているからだ。
会場はある移民の手によって大量の落書きがなされていた。自分の作品は人のためになる、だから見ろ、評価しろといつも声高々に叫びまわっているが、今日は品評会の会場にその主張を大量に殴り書きしていた。
「こんな真似したら、余計に誰も読まなくなるじゃないか」
ユラはそう呟くが、喧騒に飲まれて誰にも届きはしない。
「何でこんなことするのか……理解に苦しむよ」
村の古株の一人が言う。
「あいつ、作り手が嫌いなんですよ。一回ヤツの作品を見たことがあるんだけど、そのうち一つにそんな主張が表現された作品がありました」
どこまで本気か分からないが。
ユラは座り込む。『オヤカタサマ』が様子を見に来ていたので、横目で観察する。さほど驚いているようには見えない。昨夜の時点で『オヤカタサマ』一派の集会所にて動きがあったという話だが、これが原因だったのだろうか。
多分、一派はこの結果を予測していたように思える。それでも行動を起こさなかったのは、一体どういうことだろうかとユラは憤る。
いや、それは多くを望みすぎだとユラは思いなおす。『オヤカタサマ』一派にはヤツを止める責任は存在しない。それに、察知した頃には既に遅かった可能性も高い。
ヤツと『オヤカタサマ』には大きな違いがある。村での活動を本文から楽しんでいるか、それとも利用しようとしているかの、大きな違いだ。そういう意味では、『オヤカタサマ』を批判する理由はユラにはなかった。品評会の上の方にいつもいる『オヤカタサマ』たちだが、その本質はこのような問題を起こすことではない。『オヤカタサマ』らの活動程度で、集団で村を離れるような現象は起きなかったのがその証拠である。
無論、『オヤカタサマ』の行動に問題がなかったわけではない。しかしそれはどこの誰にも言えることである。一つ一つ、多かれ少なかれ、大きかれ小さかれ、人は『問題』というモノを抱えている。それを自覚しているかしていないか、それが今までは人間性を分かっていたのだ。
だが、彼の場合は自分の問題を把握しているように見えた。しかし、根本的な問題として、彼は『良い手段を使おうが悪い手段を使おうが、有名になれば良い結果に繋がる』と思い込んでいた節が見受けられる。無論、正確には『良い方法を使って、有名になれば良い結果に繋がるし、悪い方法を使って有名になれば、悪い結果が待っている』というのが、当たり前のことである。
ふと、背筋に冷たいものが走る。もしかして、自分のあのタペストリーが彼を刺激してしまったのではないだろうかと。それが、このような悪い結果を招いてしまったのではないかと。
無論、それに証拠があるわけではない。ユラの作品の前に彼が現われたところをユラ自身見てはいない。だが、その強迫観念めいた予感が、ユラの頭上を渦巻き始める。
いや、遅かれ早かれこうなっていた。もし自分がやらなくても、いつか誰かやっていた。誰かが行動を起こさなくても、いずれヤツは今回と同じ行動に踏み切っていた。そう思うことで、その強迫観念を脇に押しやる。
「こりゃ、もうダメだな……」
隣人は、そう呟いた。
心が折れそうになる。ここで自分は成長できた。この村の住民に支えられて、自分は機織を続けようと思えたのだ。故に、いわばこの村は、ユラにとっては二つ目の故郷。掛け替えのないものであった。それが今ではこの有様。
自分もここを離れよう。そう思って、草庵へと引き返す。
ふと、品評会に出した筈の自分のタペストリーが視界の端に写る。
彼は自分の主張ばかりに夢中で、他の作品には眼もくれなかったらしい。割りと作品自体は無事なものが多かった。
ただ、これでは品評会どころの話ではない。ユラは自分のタペストリーを手に取る。
このまま棄てて行こう。別の村で、新しい布地を織ろう。そう思ってタペストリーから目を離す。
「これ作った人、この村が好きなんですねぇ」
ふと、横で誰かがそう言った。
「そうでないと、こんなに描き込めないですよ」
「そんなこと……やってることは簡単ですし……」
本当のことだ。実際あったことをただ自分の持っている技術を以ってして、織り込んだだけなのだ。ただ、それだけのタペストリーだ。
「きっと色々難しいことを考えたんだと思うんです。これ、続きはどうなるのでしょうか……」
「わかりま、せん……」
分かるワケがない。自分がどうすればいいのか分かってないのだ、この作品だって迷走しているだろう。
「私は、続きを待っていようと思います。だって気になりますもの」
そう言って、その村人は去っていった。
「分かるワケ……」
分かるワケがないのだ。それなのにユラはこのタペストリーの第二作目を考案し始める。どうすればいいの、どのような模様を織り込めば、みんなを満足させることができるのだろうか。
ふと、ユラは脳裏にそのアイデアが過ぎる。
とても危険で、だけどそれはとても魅力的に思えた。
「どんな模様にすればいいのか分からないけれど……」
どのようなことをすればいいのか見えた気がした。