小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ある村での実情

INDEX|3ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

ユラのタペストリー




 ユラは織物が好きであった。愛しているといっても差し支えないほどだ。
 最近は友人も増え、その友人らと共に一つの作品を作る、という試みもやっていた。時間に迫られない気楽なもので、ユラ自身も自他作品ともに出来上がってくるモノが好きで好きでたまらなかった。
 しかし、それも最近は停滞気味である。出来上がった作品は大抵住民らに広く公開されるのだが、それはあの変な移民にも見られる可能性があるということだ。そこで眼を付けられては、と思ったのか、最近はその作品らの上がりも悪くなっているように感じられる。
 それだけじゃない、どうやら村全体の士気が下がり始めたように感じられる。いい作品を出し惜しむ者がちらほら現われ始めた。
 織物の束を抱えて、馬車に揺られる。ユラは興奮状態であった。
 ――やった、やってしまった。ここ数ヶ月に渡る鬱積に、最後のあの藁半紙が決め手となった。
 それは一夜にして織り上げた絵織り。そして、それを村の品評会に出してしまった。
 出来上がったのはタペストリーの類だ。タペストリーには村の道路を舗装する者、そしてその道路で足を挫く牛、大声でチラシをばら撒く者が描写してある。
 占い屋のお姉さんに言われてしまった。ストレスが溜まっているようだから、爆発してしまわないように、と。いつもあのお姉さんはアドバイスが遅いのだ。
 ユラはこの先どうしようかと思う。あのタペストリーの続きを作りたいと思っているのだが、それがどういった結果をもたらすのか、ユラは怖くて仕方なかった。
 だから、逃げた。村はずれの草庵を飛び出して、隣の村に行く馬車に揺られる。
 そもそもユラがあの村に移民したのは、織物を作る環境が整っていたからだ。一念発起して移民したのも、その環境が魅力的に見えたからだ。しかし、その環境は隣の村でも整っていたことを知る。
 夢があった。評価されるような作品を作って、いずれは品評会の上位の作り手になることだった。
 それもまた今では色あせている。あの村の品評会のシステムは、評価よりも注目度にある。注目されるような行動を取っているヤツが、品評会でのランクをあげるのは自明の理であった。
 却って自分はどうだ。可でなく不可でもなく、中程辺りでウロウロしている。その劣等感、それもまたユラを苛むものであった。
 そして、昨日のあのチラシ。遂にぶち切れてしまったユラは、生来の手の早さと直感とで一夜にしてあのタペストリーを織り上げてしまった。
 頭を抱える。みんなどう思うだろうか。あんな作品を作ってしまった自分を、彼らはどう見るだろうか。そう思うと、あの村の住民らと顔を会わせ辛かった。
 そして何より、あの作品を出せば注目されるのではないか、という下卑た考え。その企みが頭を過ぎったユラは、自己嫌悪の渦に巻き込まれていた。
 事実として、タペストリーは人の目を集めた。それがまた、ユラの考えを裏付けるようで、気分が悪くなる。
 ユラはバスの中で抱えていた織物を広げる。拙い手際で織られたそれは、あのタペストリーよりも輝いて見えた。
 その輝く織物を抱える。やっぱり、自分はこれが好きなのだ。だから、織るのだ。自分の輝きを織り交ぜて、布を織る。出来上がったものを見てもらい、手に取り、満足してもらえること。そんな小さな自己顕示欲を抱えて、ユラは隣村へと向かう。
 隣の村には知り合いが既にいた。
「よ、来たか。お前さんもこっちに来る気になったか?」
「まあ、その辺はおいおい。今のところよく分かりません」
 なんせ、色々やってしまったのだから。
「何でもお前、あの村での出来事を皮肉ったタペストリーを品評会に出したって言うじゃねぇか」
 ヤバイ。気付かれていたか。余計なことをするな、こっちに飛び火したらどうしてくれる。そう叱咤する声が脳裏を先走る。
「ありがとな」
「……どういう、こと?」
 怒られると思った。なのに、この人はそうお礼をしてくれたのだ。
「言わせんな、恥ずかしい」
 そう言って、その人は口を噤んだ。
「そんなことより、色々なところにモノを出すってことはいいことだ。何、あそこだけがお前さんの可能性を広げる場所ではないからな」
 そう言って勧誘してくれる恩人の背を見ながら、ユラは思う。
 あの人には色々とお世話になった。集まりに入れてもらえたり、飲み会に誘ってくれたり。しかし、そのことに報いることができているようには思えない。
 自分はどうすればいいのか。またよく分からなくなった。

 草庵に戻ると、荷物を置いてそのまま村の酒場に向かう。酒場には情報が集まっている。その情報を得る為だ。
 ――どうやら、ヤツがまた何かやらかしたらしい。昨日、またヤツが盗みを働いたのだとか。人様の屋敷からくすねて来たものを自慢げに見せびらかしていたとか。
 溜め息しか出なかった。
 彼の自己顕示欲は歪んでいるように見える。それとも、彼の行動原理には自己顕示欲とはまた別の方向性にあるのか……。
 頭がこんがらがってしまう前に、考えるのを止める。こういう手合いは理屈が通じないことも多いし、ヤツは口先もある程度回るようだから余計にタチが悪い。
 酒場で少し飲んで、ユラは草庵へと戻った。早いところ、集まりにて提出する作品を織り上げなければならない。
 しかし、今の精神状態でうまく行くワケがない。気が付けば、ユラはあのタペストリーの続きをデザインしようとしていた。
 ――なんて無様。やっぱり自分はダメな人間だ。この状況を利用して更にのし上がろうとしている。そのことに気付くと、ユラは手を止めてしまう。
 許せないという気持ちがある。こんなに好きなモノを、みんなが好きで作っているモノを穢す、貶めるヤツの行いが許せないという気持ち。
 だからと言って、自分に何ができるかと考えた時、結局は何もできないという答えに行き着いてしまう。
 結局ヤツをどうにかできる力を持つのは、村長ぐらいだろう。その村長も、ここしばらく姿を見せていない。どうやら住民が村長に願い状を出したようだが、返事はないようだ。
 だから、きっと自分ができるのは、この織物を織ることぐらいなのだろう。
 ――カタンコトン。そして草庵から織機の音がする。

作品名:ある村での実情 作家名:最中の中