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ある村での実情

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ユラの憂鬱



「またあいつですか」
 村はずれに草庵を構えるユラは、芋の皮をナイフで削り落としながらぼやいた。
 ユラは半年ほど前にこの村に越してきた移住民だ。元々別の街で友人らと遊んで暮らしていたが、一念発起してこの村に移住してきたのだ。
 ここで細々と織物を織り、その織物と村の作物と交換しながら生計を立てていたが、ここ最近は村の人間にも認められたようで、よく会合に招かれていたりしている。
「ああ、今日も広場で喚いていたさ。なんであんなに自信満々で自画自賛できるかねぇ」
 最近になって、この村に変な住民が移ってきた。聞くところによると、他の村での評判はすこぶる悪さらしい。その評判は、その彼の行動に見て取れる。
「盗みまでやったって噂ですね。なんでこんなところまで来たんですかねぇ」
「ここは空気が緩いからねぇ。村長も村の運営をほとんど放り出しているしで、問題のある行動や人間がそのままになっているのも問題かね」
 その割りに治安の方はあまり悪くないのは、自浄作用の問題か。あとはこの村が僻地の類であるのも理由の一つか。
「あそこの丘の上の『オヤカタサマ』たちだってそうだ。勝手に道路を舗装しやがって、今日も牛が足をくじいちまったよ」
 この村の近くには丘があり、そこには館が乱立している。そこの人間のことをこの村の古株たちは軽蔑混じりに『オヤカタサマ』と呼んでいる。
 彼らも移民であり、我が物顔でこの村での事情を無視して、自分らにとって都合のよい開発を行ったという。其の為、今ではこの村の実力者気取りなのだとか。その辺はユラのあまり知らない話であるが、談合やらなんやら、色々と噂が絶えない。
 その変な移民のこともあるが、長年積もり積もってきた『オヤカタサマ』への不満もあって、この村を離れる人間が多くなってきた。
 元々資源のある良い土地だったのだが、今では見ての通りなのだとか。
 ユラにとって新天地であったのだが、このように実情を聞くとなんともいえない気分になる。
 自分の唯一の手業であった織物を褒めてくれた住民たちには感謝の気持ちが絶えないのだが、現実問題、暮らし辛くなっているのは日に日に感じていた。
「今日、こんな記事を張ってやがったよ」
 彼はその記事を差し出してきた。
「『自慢の作物を焼いてしまおう』だって?」
 どういうことだ? 何が言いたいんだ?
「『この村だけで満足するようではダメだ。それに、他の村人のチャンスを潰してしまうことにも繋がる。だから、この村で評価されている作物はさっさと焼いてしまって、他の村に売り込もう』……舐めてやがんのかっ!」
 思わずその藁半紙を破り捨ててしまった。そんなバカな話があるか。せっかく作った作物を、他の村人にも見てもらいたい作物を、焼いてしまうような人間がどこにいるのだっ!
 自分が作ったモノとは、いわば子供みたいなものだ。それを自分の手で焼いてしまうなんて、できるわけがない。
 問題なのは、彼が実質的な犯罪を現時点では犯していないのだ。村八分のような扱いではあるが、問題は彼がそのことに気付いていないのか、気付いていても無視できるほどに肝が据わっているのかの問題だ。
 彼のタチの悪いところは、『オヤカタサマ』たちより行動が目立っていることだ。行動が目立つということは、それだけ多くの人間の心を逆なですることになる。それだけに、彼の行動は『オヤカタサマ』たちより一際タチが悪いモノとなっているのだ。
「これだけが問題って訳じゃないが、俺はこの村を離れることにしたよ。お前さんも、さっさと腹を決めな」
 そう言って、彼は足を引きずる牛を連れ、ユラの草庵を離れていった。
 確かに、『これだけが問題ではない』が、あの変な移民の行動は、決定打となっているようで、続々と村を離れる住民が現われてきたようだ。最近では広場で開かれる市場も活気がなくなってきている。
 離れる住民もいれば、残る住民もいる。だからユラは迷っているのだ。
 確かに新天地ではまた一つの可能性が開かれるかもしれない。しかし、残る住民たちを見ると、それはそれで口惜しくなってしまう。自分の織物を褒めてくれたおばあちゃんとも別れるのも、嫌ではある。
 ――ああ、しかし、潮時なのかな。
 ユラは決めあぐねて、空を眺める。その空は何も答えてくれない。

作品名:ある村での実情 作家名:最中の中