シモバシラ
喫茶店に入り、子供二人のこと、別れた配偶者のこと、Mさんは色々な話をした。経済的には恵まれているようだった。その間、モーニングセットをしっかり食べ、飲み物をおかわりしてして飲んだ。Mさんは背も高く、昔から食欲も旺盛だった。このへんが今もなお若さを保っている秘密なのかと思った。その背の大きさが、私がMさんに恋愛感情を抱かない理由ではあった。
「それにしても」と、ひとしきりMさんの話を聞いたあと、私は訊いてみた。
「昔より肌がきれいになった気がする。何か秘訣でもあるの?」
Mさんは、まんざらでもない表情をしたあと、「別に高い化粧品を使っているわけでもないのよ」と言ったのだが、ちょっとその表情が曇る瞬間を私は見逃さなかった。
「ああ、昔は化粧が濃かったからねえ」
と、Mさんは自嘲気味にそう言った。それから、声をひそめて、
「これでも問題はあるのよ」と言った。
「えっ、何? っていっても男のオレにはわからないだろうけど」
私が冗談っぽく言ったのを、軽く笑ってMさんは、
「時間よ」とだけ短く言った。
「時間?」
「そう、時間。シンデレラ姫みたいにね」
「なんだか、よくわからないけど」
「生きて来た長い時間、これからの短い時間、問題は今の刻々と変わりゆく時間なのよね」
「哲学的だなあ」
「ははは、もういいでしょ、あら、もうお昼の時間じゃない。じゃあ、お昼おごるからさ、お寿司でも食べましょ、それでお別れだね。私、シンデレラだからね」
Mさんは、笑いながらそう言って立ち上がった。