シモバシラ
Mさんが時々行くという寿司屋でお昼をごちそうになった。
やはり、というか私以上にMさんは食べるのが早い。これだけ食べっぷりのいい女性を私は知らない。つられるように、あまり話もせずに食べ終えた。お茶を飲みながら、「Sさんは、再婚しないの?」と訊いてきたのに、「もう、荷物を背負いたくないからね」と私は答えた。
私なりに苦労してきたことは、もう話してあったので、Mさんは「そう」と頷いた。
「何年経ったんだっけ、奥さん亡くなって?」
「丸3年かな」
「そう、これから先、まだわからないね」
「うん、どうだろう。もう、面倒だよ」
「何を言ってるの、Sさん、私より若いのに」
「ははは、まだ若い?」
「若いよう」
カウンターに座っていたので、Mさんの横顔を見ることになる。今朝会った時に感じた若々しさ、肌の奇麗さが少し失われているように思えた。私は、何か見てはいけないものを見たような気がして、湯飲みに視線を落とす。
「あ、おあいそ」
Mさんが板前に声をかけた。それから帰り支度をしながら「Sさん、今日はどうもありがとう。久しぶりに会えてよかった。また会いましょう。私、これから一カ所寄る所があるから、シンデレラは、ここでおしまいね」と言って微笑んだ。
「あ、ごちそうさまでした」
Mが支払いを終えて、私たちは外に出た。
「じゃあね、駅はすぐそこだから。見送らなくてごめんね」
「とんでもない、また会いましょう」
私は手を振って駅に向かった。
駅舎に入る前に振り返ってMの後姿をみた。いくぶん猫背の、やはりおばあさんになってしまったかという姿が、やがて人混みにまみれて見えなくなった。
(了)