超短編小説Ⅱ Combination
―一年前。
「あれ? 小倉?」
しぶしぶと岩国総合高校にあるテニスコートへと歩いてくる優太を、先に入部していた翔が声をかける。
優太は顔を上げ、翔の方へと振り向く。
「おまえは、川下中の……一ノ瀬?」
「ああ! 久しぶりだな!」
翔はコートから出て、優太の方へと歩み寄る。
「……ここに入学していたんだな」
「おまえこそ、ここで再会できるなんて思わなかったよ」
優太は中学時代―岩国市立平田中学校在学中、岩国市立川下中学校との練習試合で、共通の友達を通じて翔と知り合った。互角の実力であった二人は、学校の枠を超えて、時には友人、時にはライバルとして、岩国運動公園の壁打ちテニスコートで高め合っていた。
しかし、ある日を境に、優太はコートに顔を出さなくなってしまったのだった。
「コートに顔を出さなくなったから心配してたけど、元気そうで安心したよ。まっ、これからはよろしく頼むぜ!」
「……ああ、よろしくな」
優太は静かに部室へと向かった。背を丸めたその姿は、意気消沈しているように見えた。
(あんな奴だったけ?)
いつも明るかったのに、と不思議に思いながら、翔は彼を見続けた―。
高校で初めての夏休みに入り、練習も日に日に厳しくなっていったが、翔はそれに耐え、先輩と楽しみながら活動していた。
しかし、優太は先輩には明るい表情で受け応えるものの、暗い表情のままだった。
そんな彼を翔は常に心配し、時には疑問を感じていた。何に怖がっているのか、と。
その煮え切らない気持ちが、ライバル校との練習試合で明らかになる。
翔は優太とペアを組み、試合に挑んだのだが、優太がここぞというところでミスを連発し、全試合敗れてしまったのである。
「……ごめん」
と、終了後に暗い表情で謝る優太。
彼は体を震わせながら、一人、部室へと向かった。
(一体、あいつに何があったんだ……?)
中学で一緒に練習をしたときのあいつとは違う。翔は、そんな彼の気持ちを知りたくてしょうがなかった。友人として……。
練習試合が終わり、真っ赤な夕日が沈む中、優太は落ち込んだ表情で、駐輪場へと向かった。するとそこには、
「よう!」
翔が待っていた。一番見たくない人物が。
「……」
彼に受け答えせず、優太は自転車の鍵をあける。
「なあ、一緒に帰らないか?」
今日のことは気にしていない、と態度で示すような明るい表情で、翔は優太を誘う。
しかし、
「……一人にしてくれ」
と、優太は翔の誘いを拒絶する。
一人で、『何か』をいかにも抱え込んでいるその姿に、翔は歯をキリキリさせながら、優太の右肩を強く掴む。
「なんだよ! 離せよ!」
と、抵抗する優太。しかし、翔は離さず、
「……お前、一体、何があったんだよ!?」
と、必死に問い詰める。
優太は、翔を見つめ、固まってしまう。
翔は、自分の心のままに、
「明らかに一緒に練習した頃のお前ではないじゃないか! そんな小倉を、俺は黙って見てらんねえんだよ!」
と、友達に素直な気持ちを吐きだす。
優太も体を震わせ、やけくそになって、
「もう、放っておいてくれよ!! 一人でいたいんだよ!!」
と、右肩にのせている翔の手を払い、正面から今の自分の気持ちを露わにする。
「……どうせ、おれのミスした箇所を責めるんだろう!?」
優太の冷たい言葉にムッとなった翔は、優太の胸倉をギュッ、と強く掴み、声を張って、
「ふざけるな! 俺たちは友達だろ! 友達が友達を傷つけるような真似、俺は絶対にしない!」
「い、一ノ瀬……」
真っ直ぐな瞳で見つめる彼に―彼の強さに圧倒したのか、ストン、と優太はその場で座ってしまった。
「……話してみろよ。何も言わないからよ」
翔は、座っている優太を優しく見つめる。その瞳に嘘という文字はなかった。
それを信じ、優太は翔に語った。
あのときの事―中学時代、春の大会で自分のミスで中国大会出場を逃したときのことを。
メンバーにひどく責められ、それが恐怖心となり、今日まで至ったことを―。
―ハァ、ハァ、と自分のトラウマを吐き出した優太。
つらいことを語った優太の気持ちを、翔は真摯に受けとめる。そして、
「だったら……」
「え?」と、翔を見上げる優太。
「だったら……俺が克服させてやる! 俺は無責任に片づける奴らとは違う! 共に支え、思いやるのが本当の友達だ! 親友(おまえ)のために……俺が行動で示してやる!!」
翔の決意表明に、優太は衝撃が走った―。
作品名:超短編小説Ⅱ Combination 作家名:永山あゆむ