杉が怒った
「【ジン】が毒物を生成しようとしている。その毒が根にあるうちはいいが……誰も杉の根を食べようとは思わないからな」
S博士の独り言に、日野が「花粉ですか?」と声をあげた。
日野も少しずつ事態が飲み込めてきたようだった。
「今までの学問では即座に否定されるだろう。しかし、【ジン】は間違いなく、インターネットから厖大な知識を吸収している」
「今までの植物の毒は成育途中の根や実を守るためのものだった。謂わば自衛のため、それが攻撃のための毒物生成を始めたとすると」
S博士の声は次第に重く、緩慢になり震えてもいた。
日野は、その時自分の頭がズンと重く感じて、まわりの風景がモノクロに見えた。身体が細かく震えている。
「日野!【ジン】との接続を遮断……」
言葉の途中で、博士は椅子から床に崩れ落ちた。
日野は、吐き気をこらえながら博士の姿を見た。博士は痙攣しながらも「遮断」と言ったのを最後に呻き声になった。日野は自分の身体が震えているのが、恐怖からなのか、【ジン】の実の花粉からなのかと、いくらか冷静に判断している自分を誉めて、這うようにして研究室を出た。
研究所と展示室をつなぐ廊下で、日野は自分の身体が壊れてしまうのではないかと思うほど、嘔吐の度に身を捩った。震えは少しずつ納まってきたが、身体はもう極度のだるさを感じ動かない。心臓は全力疾走をしたあとのように早いままだ。しかし脳の働きは正常だと感じた。
……博士はどうしただろうか…… 博士を狙って毒のある花粉を飛ばせるものなのだろうか。いや、風媒花は風まかせな筈だ。日野は横になったまま色々な可能性を考えた。
「遮断」と博士が言った言葉を思い出して、起き上がろうとしたが力が入らない。(展示室に係員が一人いる筈だ) そう思い出し、「誰かぁ」日野は叫んだ……つもりだったが、それは頼りない悲鳴のようなものだった。