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Life and Death【そのさん】

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「灯油の次は血かよ……」
 鍋倉義輝はそうぼやいた。
 その場には義輝と晩生内五月雨の姿があった。
 このアパートの廊下、全てを血塗れの『何か』がのたずり回ったかのように血がべったりと一面に広がっていた。
「隣のおっちゃんもなんかテンション高いんだよなぁ……一つ向こうのあんちゃんも何かテンパってたし」
 訳が分からないといった顔をしている義輝とは対照的に、五月雨は訳知り顔であった。ただ、その顔には嫌悪感と悔恨の念が色濃かった。
「とんだエラーです。見逃したのは明らかに間違いでした」
「何か言ったか?」
「いえ、何も……」
 そう言って、五月雨は外に出て行った。
 入れ替わりに、二〇四号室の姉妹が入ってきた。
 二階へは外階段を使わなければならない為、談話室を利用しようとしない住民は、あまり一階を訪れる機会が少ない。
 だが、この姉妹のような物好きもいる。談話室を利用する住民もまた少なくない為、割りと二階の人間との付き合いはあったりする。
「やっ、義君」
「……おはようございます」
「おはよう」
 相変わらず、仲の良い姉妹だ。それにしては、今日はいつもに増してベタベタしているように義輝は感じられた。妹の方が姉に引っ付いているように見える。心成しか、妹の方は表情が引き攣っているようにも見えた。
 さて、ところでシアは鍋倉義輝という男がどうも苦手だった。理由は、義輝のその目にあった。
 ――好奇心の塊のような視線、目の色。痛い腹も痛くない腹もまとめて探ってきそうなその視線が、シアは得意ではなかった。
 シノの方はどうか。彼女の場合は鈍いのかそれとも知ってのことか、彼に半裸を見られた割にはフランクな対応をしている。その辺がまたシアの癇に障るようでもある。
 よって、このような人見知りの子供が母親の影に隠れているような絵面が出来上がるわけである。
「いや、物影に隠れてる猫か……」
 ポツリと呟くが、姉妹には聞こえなかった。
「……審判の逆位置。過去のやり残しが今になって現われた、と言ったところでしょうか」
「うぉぅっ!」
 二〇二号室の八咫占札である。気配がなかったのかそれとも義輝が気付かなかっただけか、背後に立っていた占札の存在に気付かず、彼は叫び声を上げてしまった。
「……過去の、やり残し……」
「どうやら思い当たる節がありそうですね――世界の正位置。ふむ……これは……」
「ど、どういうことなの?」
「いえ。何、心配することはありません。終わりよければ全て良し。尽力なさい……」
 そういい残して、占札はモップとバケツを持って二階へと上がっていった。
「……なんだったんだ?」
「知らないよ。手伝ってくれるんだからいいんじゃない?」
 腑の落ちない気分になる姉妹と義輝であった。

 結局あの廊下は灯油の時と同じように姉妹と義輝、占札によって掃除された。一〇三号室の住民は今の時間寝ているし、一〇四号室の佐々木原は仕事。二〇三号室の住民は姿を見せないし、二〇五号室の夢野もまだ眠っていた。
「そもそも、このアパートの住民は夜型が多すぎるよっ!」
「……昼間に暇な人が言ったら、ダメだと思います」
「何やら俺まで暇人という扱いをしてないかい、君……」
 しかしまあ、確かにグラサンの大御所が司会を務めている番組が始まった頃の人の気配の濃さは以上だ。満遍なく人がいるような気がシノはする。
「まさか、大家さんの入居人の判断基準って……」
「……お姉ちゃん、言わない方がいいのです」
 いや、いやいやいや。よく考えてみよう。まずは一〇三号室、103さん。
「あの人は、ただ夜勤の仕事をしているだけだから、きっと暇じゃないね」
「……仕事以外の時間は大抵寝てるみたいなのです」
 ……次、一〇四号室の佐々木原金太郎さん。
「……まあ、あの人はバリバリの仕事人間みたいなのです」
「聞いた話じゃ、割りと忙しいらしい。あと、すげぇモテるらしい。俺隣だけど、毎晩物音が聞こえるんだよ」
「ほぅ、それは……」
「……覗くしかありませんね」
「いや、それはどうかと思うぞ」
 しかしまあ、よかった、暇人ばかりじゃなかった。マトモな人間がいたではないか。そう胸を撫で下ろしながら、次の一〇五号室の人間を見る。
「……」
「……やっぱり暇な人ばかりじゃ」
「違うからっ! 俺超忙しいからっ! 今日休みなだけだからっ!」
 一末の不安を感じながら、次の二〇一号室の晩生内さんに付いて考察する。
「……あそこはおじいちゃんとお孫さんの二人ぐらしなのです」
「おじいちゃんは、まあ、昼間時間があるとして、さみちゃん……」
「あの子には不安になるよな……」
 いや、まあ、自分たちが言える話なのではないのだが。そう思いながら、シアは次の部屋、二〇二号室の八咫占札に付いて考察する。
「あの人いい人だよー」
「占ってくれたし……」
 ふむ。今のところ掃除以外で交友はないが、そのうち占ってくれるのだろうか。密かな期待をする義輝。
「でもまあ、びっくりするほど当たってたね」
「ちょっと占いを信じそうになりました……」
「まあ、タロットは結構抽象的ではあるからな。タロットは、絵柄の中に点在する抽象的な事象を以って、被占者の問題点を浮き彫りにするのが本来の役割だと俺は睨んでる」
 まあ、素人目の考察なので本業の占い師からしたら鼻で笑われるかもしれない。その辺は義輝も弁えていた。
「次は、二〇三号室か」
 二〇三号室には暮宮霞という男の子が一人で住んでいる。
「……あそこって、霞君の一人暮らしなのですか?」
「え、一人なの?」
「みたいだよ。だってあの子以外が部屋に入るのをみたことないもん」
 ただし、シアの方は『戸を開けずに出入りする住民』の気配を感じてはいた。が、しっかりと見えないから確証はない。
 一〇四号室の『戸を開けずに出入りする住民』も含め、今のところその『住民』が姉にちょっかいを出すことはないので、シアは放っておいている。
 姉は色々と幽霊魑魅魍魎の類に好かれやすい体質だ。逆にシアは嫌われやすい。だから、この二人はいつも一緒にいる。一緒にいれば、シアを嫌ってシノに幽霊が近付こうとしないからだ。
「きっとあの部屋の子は、大家さんの親戚なんじゃ?」
「まさか、連れ子っ!」
「だったら一緒に住んでいないとおかしいのです。下手すると一番謎の多い住民なのです……」
 一同して腕を抱え込む。二〇一号室の五月雨も心配になるが、こちらも割りと心配である。
「……まあ、私たちみたいにいい年してまな板な人間もいることですし、もしかしたらただの童顔の大人なのでは?」
「まな板じゃないよっ! というか同じサイズの双子の妹が認めると私は困るんだよぉっ!」
 言い訳が通用しないからな。言うと癇癪に触れそうなので義輝はその一言を口にしなかった。
「次は、お前らか……」
「てへぺろ☆」
「ろぺへて……」
「良く噛まずに言えたなっ!」
 ちょっとこれは、一発でスムーズに言える言葉じゃないぞ。二~三回練習して、やっと言える言葉だ。義輝はちょっと練習してしまう。
「お前らは……言わずもがなだな」
「「酷いっ!」」
 口を揃える姉妹。だが、その一言も事実であった。