空を泳ぐひと
次の日、お母さんに内緒で、夜遅くまで友達から借りたゲームをしていたものだから、塾にもっていく宿題ができてなかった。ぼくは塾に行きたくなかったが、お母さんが「塾の時間だよ、頑張るのよ」と言うものだから休みたいとは言えなかった。
頭と足の重い感じのまま塾に向かった。自転車のペダルも重い。ぼくは下を向いたまま自転車を走らせていたのだろう。公園の入り口の所で急に大人の黒い靴が目の前にあるので、急ブレーキをかけ、その靴の片方を踏みつけて止まった。どうしてこんな所に靴があるのだろうと、辺りを見回した。
「あっ、あの変なおじさん」
そう心で叫んで、何だか急に懐かしいような、怖いような気分になった。
おじさんは両手を上にあげて、空に飛び立っていく格好をしている。その顔は生き生きと輝いて見えた。前に見た時のように口は開けたままだが、姿勢を変えるたびに口は閉じた。そしてモゴモゴと何かを言いながら手のひらをひらひらさせたり、急に両手を大きく広げたり下げたりしている。その顔をよく見ると子供のようにも見えるし、お年寄りにも見えた。身体が少し上下しているので足元を見たらつま先立ちしたり、元に戻ったりしていた。
ぼくはゆっくりとおじさんの足下からずーっと上の方に視線を移した。雲に隠れていた太陽が急におじさんの顔を照らした。その顔のずっと上空に、オレンジ色のものが浮かんでいる。どこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。ゆったりとした感じでそれは円を描いて、同じ所を何度も何度も回り続けた。