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『春の野にいでて若菜つみし頃』

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 ある時の僕は国王の息子だった。
 青年だった僕が彼女と出会ったのは例によって野草の芽吹く早春だったが、彼女は貧しい農家の幼女だった。しかし僕達に年齢は関係なかったから、互いを認識すると同時に抱き(いだき)合い、そのまま深い蜜の関係を契った。
 しかしその事を知った父は息子の狂態を世間に知られることを恐れ、配下に命じて彼女を攫い、そのまま殺してしまった。
 その事を後で知った僕がどれほどの悲しみに襲われたか。だが辛いのはそれが一時(いっとき)だけではなく、僕のこの世での人生が終わるまで続くということだ。

 またある時の僕は死に瀕した老人だった。
 早春の病院のベッドの上で、医師から余命幾ばくも無いという告知を虚ろに聞いた。
 その傍で僕の手を握っていた息子の手に力が入った。

「野に出たい。若菜の香りを……」
 擦れた喉を震わせて僕は哀願した。
 息子は僕の最後の願いを聞き入れ、苦労して僕を最も近くの山の麓に連れて行き、その草原に横たえてくれた。

「あなた!」
 そう叫んで僕のそばに走り寄ってきたのはもちろん彼女。まだうら若き乙女だった。
 彼女は横たわる僕のそばに跪き、僕の頭を自分の膝に載せると愛おしそうに僕の頭や頬を撫でた。僕はもう目を開く力もなく、ただ彼女の声を聞き彼女の香りを嗅ぐのが精一杯だった。