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『春の野にいでて若菜つみし頃』

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 そして肉体から魂が抜け出す時がきた。
 寄り添っていた息子が「お父さん!」と悲痛な叫びを上げ、少しして彼女に「あなたは?」と訊ねていた。僕の魂が察知できることはそこまでだった。
 その後の彼女が、人生の終焉を迎えるまで僕のことを想い苦しむのは何よりも辛いことだったが、それは互いに定められた罰だった。

 今回二人の仲を裂いたのはある男だった。
 その男は彼女の夫だと名乗り、僕に散々罵詈雑言を浴びせた挙句、泣き叫ぶ彼女を強引に連れ去ってしまった。今生で彼女と会うことはもう二度とないだろう。
 いつもそうだった。二人が出会うのは人生に一度だけ。それも極僅かな時間に限られていた。だからこそ余計に求め合うのかもしれない。

 それでもいつかは神の許しがおりて、僕達は二人で幸せに生きることができる。そう信じている。たとえこれから何百年も先だとしても。
 そう、いつかどこかで……きっと。          完