僕の村は釣り日和11~フィナーレ
「そう言えば、中学校に郷土資料部っていう部活があるわよ」
「へえー……」
「今もつぶれていなければの話だけどね」
母がおどけるように笑った。
「もし、つぶれていたら、僕が建て直そうかな」
「その意気、その意気!」
母親にようやく明るい笑顔が戻ってきた。
台風も落ち着いた金曜日の晩、僕は釣りの仕掛けを作っていた。川の餌釣りの仕掛けだ。何せ、明日の土曜日は小野さんと、笹熊川に釣りに行く約束をしているのだ。心が踊るのも無理はないだろう。
トントン。
「よー、熱心だな」
ドアをノックして入ってきたのは、父親だった。
「魚じゃなくて、女の子を釣るのが目的だったりして」
父が茶化す。金曜日の晩ということもあって、既に父親の顔は真っ赤だ。相当の量の酒を飲んでいるようだった。
「そんなんじゃないよ。ただの釣りだよ」
僕もこの時、赤い顔をしていただろうか。
「そっか、もう釣っちゃったのか? あはははは!」
「お父さん!」
一階から母の怒鳴る声が聞こえた。
「でも、釣った魚にちゃんと餌はあげろよ。はははは」
父の足は既に千鳥足だ。よくテレビのバラエティー番組で観る、酔っ払ったサラリーマンと大差はない。
「ところで餌釣りをするんだろう?」
「うん」
「じゃあ、これを持っていけ」
父の手に何やら袋が握られていた。袋の中には桜色の粉が入っている。
「何、これ?」
「サクラエビの粉だよ。これを練り餌に混ぜると、よく釣れるぞ。お父さんはな、子供のころから釣り名人で、友達と競ってもこの粉を混ぜて、いつも圧勝していたのだ」
父親は自慢げに鼻の下をこすった。
「ありがとう。もらっておくよ」
確かに明日は練り餌を使おうと思っていた。練り餌とは粉状の餌を水で溶き、適当な硬さにして使用するものだ。明日は万能タイプの練り餌に、サナギ粉と呼ばれるものを配合するつもりでいた。それに、このサクラエビの粉を混ぜるのも悪くない。
「いつもありがとう、お父さん」
「なーに、かわいいせがれのためだ。いいってことよ」
父親はいつも、酔っ払いながらでも、僕に的確なアドバイスをしてくれる。それで偉ぶったりはしない。
僕はそんな父親を心から尊敬し、いつも何かを吸収したいと思っている。
「じゃあ、明日のデート、たっぷり楽しんでこいよ。おやすみ」
「お父さん、おやすみ」
作品名:僕の村は釣り日和11~フィナーレ 作家名:栗原 峰幸