僕の村は釣り日和11~フィナーレ
「水無川の竜が戻ってきたのかもしれないね」
僕がそう言うと、母親がキョトンとした顔をする。
「何それ?」
「この前、釜の主釣りに連れて行ってくれた村役場の皆瀬さんが、何でも以前に村史ナントカ課にいたとかで、水無川の伝説の話をしてくれたんだ」
「どんな伝説なの?」
母が身を乗り出してくる。
僕はとうとうと語り始めた。
ずっと昔のこと。
水無川にはまだ豊かな水が流れていた。
その川のほとりに一郎という百姓が住んでいて、毎日、よく働いていた。
ある日、一郎は自分を見つめる若い娘に気づく。
若い娘はおりゅうといい、一郎に想いを寄せていたのだ。
一郎もまたおりゅうに惹かれ、恋仲となる二人。
一郎は仕事帰りにおりゅうの家へとよく行った。だが、そこは武家屋敷のように立派であったという。
一郎は「武家の娘とは一緒になれぬ」と、おりゅうと結ばれることをあきらめるが、おりゅうはお許しを得ていると言う。
そんな一郎の行動を不審に思う者たちがいた。村人たちだ。
一郎は仕事が終わると、川の中へと入っていくのだ。
だが、一郎はおりゅうと会っているだけだと言って、村人の話を聞かない。
そのうち、一郎には妖怪が取り憑いているに違いないということになり、一郎は猿ぐつわをはめられ、納屋の中へ閉じ込められてしまった。
おりゅうは必死で一郎の名を呼ぶ。一郎はうめくが、その声はおりゅうには届かない。
何日かが過ぎ、ようやくおりゅうの声がしなくなった時、一郎は開放された。
しかし、おりゅうはもう、姿を現さない。
一郎は生気が抜けたようになり、仕事もしなくなった。
そして、川に身を投げて死んだのである。
その時であった。川の水が空高く舞い上がり、竜の姿となったのは。
竜は一郎のなきがらを抱えていた。
その瞳は美しい玉のようでありながら、深い悲しみをたたえているようでもあったという。
竜はそのまま、いずこへと去って行った。
ふと、村人が川を覗き込むと、水は涸れ果てていたという。
これが水無川の伝説である。
「ふーん……。おもしろい話ね。地元にそんな話があるなんて、今まで知らなかったわ」
「鬼女沢の伝説もすたれてしまったみたいだし、語り継ぐ人がいてもいいと思うんだよね」
僕はやや、力説するように言った。
作品名:僕の村は釣り日和11~フィナーレ 作家名:栗原 峰幸