僕の村は釣り日和11~フィナーレ
「笹熊川がどうななっているか知りたいし、何せ、村の危機だ」
「わかった」
笹熊川は既に怒り狂っていた。
その音はゴウゴウなどという生易しいものではなく、ドドーッという、学校の大太鼓をずっと鳴らしっぱなしにしているような音を響かせている。腹に響くような轟音だ。
そこには普段の穏やかな流れはなかった。すさまじい勢いで流れる茶色の濁流が、まるで竜のごとく駆け抜けていたのである。
「おーい、君たち、何やっているんだ!」
そんな濁流に見とれている高田君と僕に声を掛ける者があった。
遠くから、雨がっぱを着た男の人が近寄って来る。
「あっ、皆瀬さん!」
「桑原君、だめじゃないか。洪水警報が出ているんだぞ。笹熊川も警戒水域に達しているんだ」
皆瀬さんは僕たちの姿を確認すると、すぐに帰宅するように促した。
「でも、笹熊川が氾濫したらうちの田んぼや畑が……」
「大丈夫。笹熊川は治水工事がしっかりしているからね。堤防も簡単には決壊しないよ」
それでも高田君の顔から不安の影は消えない。心配そうに濁流を覗き込んでいる。
「さあ、ここから先は大人たちにまかせて。子供の出る幕じゃないよ」
ジジーッ!
皆瀬さんのトランシーバーが鳴った。
「こちら水無川を警戒中の庄田。水無川も警戒水域を大幅に超え、増水中!」
それを聞いて僕はハッとした。そして、水無川の方へ駆け出した。
「おい、ちょっと待って!」
そう叫ぶ皆瀬さんの声も聞こえなかった。
水無川は笹熊川に注ぐ支流のひとつで、僕の家より少し下流で合流する。
その名のとおり、普段の水無川にはほとんど水がない。しかし、今は増水し、警戒水域を大幅に超えているという。
僕の父は、この水無川に架かる貢橋を渡って通勤しているのだ。もし、増水が著しければ父に連絡しなければなるまい。
案の定だった。貢橋はもう少しで濁流に飲み込まれそうだった。
水無川は川幅が笹熊川ほど広くない、そこにたくさんの水が一気に押し流されるわけだから、濁流の威力もすさまじい。
「おーい!」
遅れて皆瀬さんと高田さんがやってきた。
「危ないじゃないか!」
皆瀬さんが僕を一喝した。
「うちのお父さん、この貢橋を渡って通勤しているんだ」
「そうか……。それは心配だな」
皆瀬さんが同情するようにつぶやいた。
作品名:僕の村は釣り日和11~フィナーレ 作家名:栗原 峰幸