僕の村は釣り日和11~フィナーレ
もう暦は十月に入っていた。九月いっぱいでイワナやヤマメなどの渓流魚は解禁期間が終了する。つまり、十月からは禁漁となり、それらの魚は釣ることができないのだ。秋は渓流魚の産卵期であり、乱獲により種の絶滅を防ぐ目的がある。
そして、その日は朝から強い風が吹き荒れ、西の空に暗雲が立ち込めていた。
「台風十一号と台風十二号は連なりながら、次第に勢力を増し、北上を続けています。今日の正午過ぎには本州圏内も暴風域に入る見込みで……」
僕は胸騒ぎがした。
あのモヒカン猿が台風十号を退けてくれたのだとしたら、いつかその仕返しがくるかもしれないと思っていたのだ。予感は的中し、台風は二連結で来るという。
「あなた、通勤、大丈夫かしら?」
母親が心配そうに父親を見やった。
「ワゴン車でも、四駆だからね。たぶん大丈夫だよ」
父親はのんきにトーストをかじりながら、コーヒーをすすった。
雨は登校時間には降り出し、すぐ連絡網が回ってきた。
「健也、今日は休校だって」
母親がそう言いながら、次の連絡先をプッシュする。
雨はすぐさま、バケツをひっくり返したような豪雨となった。
僕は空をにらんだ。
(もしかして、あの釜の主の怒りに触れたかな?)
そんなことを思ったりもした。
昼過ぎになって、外はすさまじい雨と風で、とても外出できるような状況ではなくなった。
だが、そんな僕の家の前を通り過ぎた者がいる。
(……?)
僕は一瞬、誰だかわからなかった。だが、それが高田君であることに気がつくのに時間はかからなかった。
僕は慌てて、玄関を開けた。
「高田君、どうしたんだ? この台風の中を」
「うちは農家だからよ。田んぼや畑が心配なのよ」
レインコートがお粗末に見えるくらいビショビショになった高田さんは、深刻そうな顔をして言った。
「だからって、この台風の中……」
「うちはこれでメシ食ってるんだ。これから、笹熊川の様子を見に行くんだ」
「危なくないか?」
「そんなことは百も承知だ」
僕は思った。これは高田君の独断だ。おそらく、彼の両親は田畑に出ているだろう。川の増水が気になって、いてもたってもいられなくなったのだ。
「よし、僕も行く!」
僕は玄関につるしてあった釣り用のレインコートをおもむろにつかむと、それを着た。
「おい、バカ。遊びじゃねえんだぞ」
作品名:僕の村は釣り日和11~フィナーレ 作家名:栗原 峰幸