僕の村は釣り日和10~決戦!
「今度の釣りはね、ひとりじゃとても無理でしたよ。確かに東海林君の腕は一流さ。でもね、又吉さんから水鳥のヒナの話を聞いたからこそ、あのルアーを思いついたんだ。そして、小野さんは必死に毛糸で網を編んでくれた。だからこそ、釜の主を傷ひとつなく元のところへ返すことができたんだ。皆瀬さんの車がなければ、朝マズメにここまでたどり着くことも不可能だった。みんなの経験や知恵とかを持ちよって、協力したからこそ釜の主を釣ることができたと思うんだ」
「さすが桑原、いいこと言うねえ」
小野さんが茶化すように、僕の脇腹を突ついた。
「けっ、わしは協力した覚えなんぞないぞ」
又吉じいさんが笑いながらも、憎まれ口をたたく。
「ふふふ、これでも感謝しているんですよ」
皆瀬さんが笑った。
釣り糸でショックリーダーと呼ばれる糸がある。糸と糸をつなぐ時、つなぎ目を補強し、魚が掛かった時のショックを和らげる役目をする糸だ。
僕は思った。皆瀬さんは又吉じいさんと僕たちのショックリーダーの役割を果たしてくれたのだと。
帰りの下り道は爽快だった。朝の爽やかな、グリーンの空気が肺の中に染み込み、赤や黄色に化粧をした樹々が美しく目の中に飛び込む。そして、枝の隙間から差し込む朝の光りは、どことなく神々しい。
僕はそんな景色を見るのが好きだ。そして今、こうしていられることを、心から感謝している。
それは単に釜の主を釣り上げた満足感だけではない。この大自然の中に身を置き、それを感じていられることが幸せなのだ。
僕はふと、振り返った。後ろを歩く小野さんがニコッと笑った。僕も照れたように笑い返す。
もしも将来、小野さんと僕が結婚して、子供が産まれても、この自然がそのまま残っていてほしいと思う。まだまだ先の話だが。
ガサガサッ!
急に茂みから、何かの影が僕たちの前に飛び出した。
「お父さん!」
東海林君が叫んだ。
そう、それはあのモヒカン猿だった。モヒカン猿は僕たちの方を見つめ、行く手をはばんでいる。道を空けようとはしない。
モヒカン猿はにらんでいた。その視線は皆瀬さんに向いていた。その眼力の気迫足るやすさまじいもので、小野さんや僕はもちろんのこと、東海林君でも半歩退いたほどである。
ウーッ!
作品名:僕の村は釣り日和10~決戦! 作家名:栗原 峰幸