僕の村は釣り日和10~決戦!
そこには、あのモヒカン猿がこちらを見つめながら立っていた。
「やったよ、お父さん。俺たち、やったよ!」
モヒカン猿の眼差しは、確かに息子とその友を見守るそれに他ならなかった。
「やりおった。こいつら、本当に釜の主を釣り上げおった」
又吉じいさんの声が震えていた。
網の中で横たわる大きなイワナに、皆瀬さんがメジャーを当てる。
「83センチ。湖だってこのサイズはめったにいないよ。それが渓流で釣れたんだ。トロフィーものだよ」
東海林君がプライヤーで、ていねいにイワナの口から針を外す。その瞬間、少しイワナがもがいたが、死力を出し尽くした体がそれ以上、抵抗することはなかった。
東海林君と小野さんと僕とで、釜の主を抱えた。
「又吉さん。すまないけど、シャッターを押してくれませんか?」
皆瀬さんが又吉じいさんにデジカメを差し出した。
「お、おう」
又吉じいさんはほうけた顔をしながら、カメラを受け取った。そして、皆瀬さんは僕たちの後ろに回る。
「みんな、今までの人生で最高の顔をせんと、撮ってやらんぞ」
どうやら又吉じいさんは、口は悪いが、気持ちのいい男のようである。
朝の渓流にフラッシュがまぶしかった。
記念撮影を終えると、僕たちは釜の主を水に返した。ゆっくりと水に浸け、魚が動き出すのを待つ。
「何だ。持って帰って魚拓や剥製にはせんのか?」
背中で又吉じいさんが尋ねた。
「俺は釣っただけで十分」
東海林君がそうつぶやいた時、釜の主がヒレを動かし始めた。ゆっくりと身をくねらせながら、東海林君の手の中で動き出す。
「思い出はみんなの心の中にありますよ。それに記念写真も撮ったし、それで彼らは十分なんですよ」
皆瀬さんが得意そうに言った。
「そうか。じゃあ、次はわしが釣ってやるわい」
又吉じいさんが笑った。
僕はその言葉を聞いて思った。今度の釣りは東海林君が一人で釣った釣りではない。みんなで協力したからこそ釜の主を釣ることができたのだ。
「又吉さんも釣りましたよ」
僕が笑いながら、そう言った。
「えっ?」
又吉じいさんは呆気に取られたような顔をいる。
作品名:僕の村は釣り日和10~決戦! 作家名:栗原 峰幸