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僕の村は釣り日和9~秘密兵器

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 東海林君と僕は釜の主のいる、鬼女沢の話を小野さんに聞かせた。彼女も鬼女沢の名前くらいは知っている。しかし、そこが天然のイワナの宝庫だとは知らなかったようだ。
「イワナかあ。一度、釣ってみたいな。この村では身近な魚なのに、渓流釣りって言うと、何か難しそうなイメージがするのよね」
 小野さんが頬杖をつきながら、目を宙に泳がせた。おそらく、今の小野さんの瞳の中には、まだ見ぬ鬼女沢の風景が映っているに違いない。
「ルアーだったら簡単だよ。竿とリール、糸とルアーがあればできるんだから」
 僕は何とか小野さんをこっちの世界に引っ張りたくて、いかにも簡単そうに言ってのけた。本当は流れを読みながら、リールを巻くスピードや竿の動かし方を変えるなど、難しいことは多いのだが、そこは俊敏な小野さんのことだ。すぐにコツをつかむだろう。
「それと、丈夫な脚だな」
 東海林君が付け加えるように言った。その点でも、小野さんは申し分ない。
「うーん、何だかできそうな気がしてきた」
「ははは、その意気、その意気!」
 僕は親指を立てて、片目をつぶった。
「ただいまー」
 東海林君の母親の明るい声が響いた。その声を聞いて、僕はホッとした。最初に会った時の、涙を見せていた時の声とはまったく違ったからである。だが、一番ホッとしているのは東海林君の家族と皆瀬さんかもしれない。山奥に潜む、あのモヒカン猿はどんな気持ちだろうかと、ふと、そんなことが頭の中をよぎった。

 作戦会議の前に、東海林君の母親と一緒に現れた皆瀬さんが遺影に手を合わせ、黙祷を捧げた。その背中に東海林君が声をかける。
「お父さんは皆瀬さんの気持ちはわかっているみたいだけど、まだ正式に認めているわけじゃないみたいだったな」
「正、なんてこと言うの!」
 急に東海林君の母親の顔付きが険しくなり、東海林さんをにらみつけた。
「だって、お父さんがそう言っていたんだもん」
「お父さんって、一体……?」
 東海林君の母親は、明らかに取り乱している。
「あの猿のことかい?」
 皆瀬さんが背中を向けたまま尋ねた。
「何せ、鬼女沢だからなあ。そういうことがあっても、おかしくはないかもしれないなあ……」
 皆瀬さんがため息交じりにつぶやいた。
「えっ?」
 僕たちは身を乗り出し、東海林君の母親の顔は真っ青だ。