僕の村は釣り日和8~鬼女沢
父はそう言いながら、パソコンに向かっていた。どうやら、会社から仕事を持ち帰ってきたらしい。父の目はパソコンに釘付けだった。難解な数字の羅列と、僕には解読不可能な文章がそこには並べられている。僕も大人になったら、こんな仕事をするのだろうか。それでも父は愚痴ひとつこぼさずに仕事をこなして、僕たち家族の生活を支えてくれている。父の背中を見ていると、大人の背負った重みがヒシヒシと伝わってくるようだ。
僕はトラウト用とブラックバス用のタックルボックスを開けた。確かにトラウト用のルアーはサイズの違いのみで、あまり代わり映えがしない。おそらく、釜の主はありきたりのルアーでは釣れないだろう。
僕はブラックバス用のルアーに目を移した。そこには様々な形のルアーが並んでいる。特に個性的なのが、トップウォータープラグと呼ばれる、水面で使うルアーだ。変てこな形をしていたり、プロペラが付いていたりと、見ているだけで楽しくなる。
(そういえば、釜の主は水鳥のヒナを襲ったんだっけ)
それを考えると、トップウォータープラグの選択はあながち間違っているとは言えないだろう。しかし、どれを見ても鳥に似ているルアーなどない。
「ねえ、お父さん、仕事中にごめん。鳥に似ているルアーってない?」
翌朝、僕は早々と学校に行き、東海林君が来るのを待った。僕のランドセルの中には秘密兵器が隠されているのだ。昨夜はタックルボックスとにらめっこをしながら苦労した。それでも、僕なりに考えあぐねた結論なのだ。
そうこうしているうちに、小野さんが教室に入ってきた。
「おはよう」
僕は明るく声を掛けた。小野さんは僕の側まで来ると、小さな声でささやいた。
「おはよう。じゃあ、落合橋ね」
「うん。必ず行くよ」
ちょっと小野さんの顔が赤らんで見えたのは気のせいだろうか。
続いて高田君や、他のクラスメートが登校してくる。
(遅いなあ、東海林君)
すると、目の下にクマを作った東海林君が現れた。
「どうしたんだよ、その顔?」
「昨夜、あいつを釣る方法を考えたけど、思いつかなくて一睡もできなかった」
東海林君は倒れ込むようにして、椅子に座った。
「大丈夫か? おい、僕が一応、考えてきたぞ!」
僕がそう言うと、スーパーのイワシの目のようだった東海林君の瞳が、急に輝き出した。
作品名:僕の村は釣り日和8~鬼女沢 作家名:栗原 峰幸