僕の村は釣り日和8~鬼女沢
「桑原って、さりげなく優しいよね」
小野さんがポツリとつぶやいた。
「えっ?」
「私、知ってるんだ。東海林君が転校してきた時、桑原が先生にいろいろ頼まれていたこと。でも、桑原ならば言われなくても、声を掛けていただろうなって思ってさ」
小野さんは僕のことをどんなふうに見ているんだろうかと思った。確かに先生に言われなくても、ため池で釣りをしている東海林君には声を掛けていたかもしれない。しかし、僕は自分で自分のことがわかるほど出来た人間ではない。
「僕って、優しいのかな? これでも結構、短気だぜ」
僕は先日、メダカの一件で言い争いをした、自分の姿を思い返していた。
「誰だって短気なところはあるわよ。私だって短気だし。でも桑原は優しいよ。それにいつも自分で考えて、正しいと思うことを実行しようとするもん。すごいよ」
小野さんの目には、僕はそんなふうに映っていたのかと正直なところ、驚きを隠せなかった。自分ではそんなに強い人間だなんて思っていなかったからである。
「僕はそんなに強い人間じゃないよ」
「でも、思いはあるでしょ?」
「まあね」
「それだけで立派だよ」
僕は生まれて初めて「立派だよ」なんて言われた気がした。
「そんな、ほめられたもんじゃないよ」
僕は照れながら言った。
「うちの親がいつも言っているの。『人は自分が評価するものではない。他人が評価するものだ』って」
小野さんが顔を上げて、ニッコリと笑った。僕は気恥ずかしさと嬉しさが入り混じって、ぎこちない笑いを返したと思う。
仕掛け作りは完了した。僕は用意していたサシを餌箱から取り出し、針に刺した。
「あっ、それサシでしょ?」
「知ってるの?」
「うん。本で読んだの。サシってウジムシなんだってね」
「気持ち悪い?」
「ううん。だって、この前のウグイもサシで釣ったんだもん」
やはり小野さんは男勝りである。ウジムシをものともしない。これは気が合いそうだ。そんな気がした。
小野さんが竿を振った。そこはやはり初心者だ。川の流れをうまく読めていないし、竿の扱いも不自然だ。時折、ウキが糸に引っ張られて、変な動きをする。
今日、僕は釣りをするのをやめた。僕も人に教えるほどの腕ではないが、こうなったら小野さんへの個人レッスンだ。
「違うよ。流れをよく見て」
「そうそう、流れに乗せて竿を送って」
作品名:僕の村は釣り日和8~鬼女沢 作家名:栗原 峰幸