僕の村は釣り日和7~消えたメダカ
「き、きたっ!」
黒い影は流れの中へと突っ込み、その流れを味方につけようとする。そして、針を外そうと必死にもがいた。だが、そこは皆瀬さんも経験者だけあって、魚の扱いには慣れている。渓流竿よりはるかに短いルアー竿を、腕の延長のようにあしらって、あっと言う間に、魚を足元に寄せてしまった。
30センチはあろうかというイワナだ。
「大きなイワナですね」
エラをリズミカルに動かすイワナを見て、僕がそう言った。
「もともと、この辺りになると、ヤマメは姿を消して、イワナだけになるんだよ。今は漁協が放流しているからヤマメもいるけどね」
皆瀬さんはこの笹熊川の状況について、よく知っているらしい。よほど通い詰めているのだろうか。
「いやー、ビギナーズ・ラックだと思うけど、君たちのお陰で素晴らしいルアー初体験ができたよ。ありがとう」
皆瀬さんがニッコリと人懐っこい笑顔で笑った。最近ではよく、新聞やテレビでお役人が叩かれていると聞くが、この人に限っては叩かれるようなことはしていないだろうと思った。
「さてと、この先、君たちはどうする?」
皆瀬さんが尋ねた。東海林君と僕は顔を見合わせた。餌釣りとルアー釣りではテンポが合わない。この場合、先行者である皆瀬さんに優先権がある。
「僕たちはまた釣り下がりますから、どうぞ先へ行ってください」
そう言ったのは東海林さんだった。しかし、皆瀬さんは人懐っこい笑顔を崩さずに言った。
「もし嫌じゃなければ、せっかくだから、一緒に釣ろうよ」
東海林君と僕も自然と笑顔がこぼれた。
川はもうすぐ、鬼女沢との合流点を迎える。そこには大きな淵があると聞いていた。そこを三人で攻めるのも悪くないと思った。
心地のよいそよ風が、川上から吹きおろし、僕のうなじをなでた。
鬼女沢との合流点は大きな淵となっており、そこは二本の流れが複雑に絡み合っている。皆瀬さんの渓流竿ではとても攻めきれない範囲だ。東海林君と僕は、皆瀬さんの竿の届かない範囲を狙うことにした。
こうして、餌釣りの人とルアー釣りの人が、ひとつの川で仲良く共存できるのは素晴らしいことだと思う。そうだ、釣り人はもともと、みんな友達なのだ。その釣り方が違うだけでケンカするなんて、バカバカしいことではないか。
作品名:僕の村は釣り日和7~消えたメダカ 作家名:栗原 峰幸