僕の村は釣り日和7~消えたメダカ
釣り上がっていくうちに、大きな淵にでた。そして、そこでは長い渓流竿を垂らす釣り人の姿が見える。おそらく、あのワゴン車の持ち主だろう。
東海林君と僕は顔を見合わせた。このような場合、挨拶を交わし、どのように釣るか相談するのがマナーだ。挨拶もせず、勝手に追い抜かしたりするのは厳禁とされている。
「こんにちは」
東海林君と僕は、声を合わせて挨拶をした。よほど釣りに集中していたのだろう。その釣り人の背中がビクッと跳ねた。
「ああ、びっくりしたぁ」
「すみません。驚かせちゃって」
釣り人は竿をヒュッと上げると、こちらを向いた。僕の両親と同い年くらいの男性だ。
「あっ」
その釣り人の顔を見て、東海林君が思わず叫んだ。
「おじさん、村役場の……」
「そうだよ。東海林君だったね。よく覚えていてくれたね」
僕が東海林君の脇腹を肘で突っついた。
「この人、初めて村にきた時、お母さんと村役場で会ったんだよ」
「玉置村役場福祉課の皆瀬です。よろしく」
皆瀬さんが帽子を脱いだ。その下には爽やかな笑顔があった。
「君たちはルアーかい?」
「はい」
東海林君がはつらつと答えた。僕がルアーボックスを開いて見せる。
「ほう、どれどれ、これがルアーか。おじさんもやってみたいとは思っていたんだけど、なかなかチャンスがなくてね」
「やってみる?」
東海林君が皆瀬さんにルアー竿を差し出した。皆瀬さんは渓流竿を畳むと、「いいのかい?」と言いながらも、ルアー竿に手を伸ばした。僕はキョトンと事の成り行きを見守った。大体の餌釣り師たちは、ルアー釣りを毛嫌いするものだ。
「リールの使い方は大丈夫?」
「コイのぶっ込み釣りで使っているからね」
ヒューンと竿がしなった。糸は野球でいうところのフライで飛んでいく。渓流では余計な糸は出してはならない。それだけ巻き取るコースに無駄ができてしまい、魚のいる場所を外してしまうからだ。
「コイの要領じゃなくて、もっと手首を使ってビュッと振ってごらんよ」
東海林君の助言はいつでも的確だ。皆瀬さんが再チャレンジをする。今度は竿がビュッと風を切った。
ミノーが淵の対岸の巻き返しへと着水する。すぐに皆瀬さんはリールを巻き始めた。きらびやかなミノーの銀色が僕の目からもよく見える。その後ろに黒い影がヌッと現れた。次の瞬間、皆瀬さんの握る竿先が引ったくられた。
作品名:僕の村は釣り日和7~消えたメダカ 作家名:栗原 峰幸