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郷田三郎(G3)
郷田三郎(G3)
novelistID. 29622
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ありがとう

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 僕はうつ伏せのままどれくらいそこに居たのだろう。
 僕の知らない内にいつの間にか瓦礫はすっかり取り除かれて地下鉄のホームは明るさを取り戻していた。
 うつ伏せのままの僕の顔の側を黒い革靴や明るい色のパンプスが足早に通り過ぎてゆく。
 僕は傍らの大きな柱に背中を預けて座りなおした。
 でも、立ち上がろうとすると力が入らない。
 何度も立ち上がろうとしたけど駄目だったので、いつしか僕は膝を抱えて座ったまま通り過ぎる人波を眺めているだけになった。
 日がな一日、人の流れを見つめ続けて、夜中に電気が消されるとそのまま眠った。
 時々、小さな子供が僕を見つめて何か喋りたそうにするけど、残念ながらどの子供も言葉を離すのにはまだ時間が必要な子供ばかりだった。
 僕は言葉は通じないながらもヒラヒラと手を振ったり、いないいないばぁをやったりして子供たちと遊んであげる事にした。

 でも、都心の地下鉄の駅ではあまり小さな子供はやって来ない。行き交う人々は全く僕に興味を示さないし、同じような光景には僕も飽きてきた。
 僕は膝を抱えて虚空を見つめるか、膝に顔を埋めて眠ったように時を過ごすことが多くなった。

 ある日、そんな僕の目の前に小さな子供の手を引いた女の人が立ち止まった。
 普段はあまり聞こえない喋り声を聴いたような気がした。
 そして抱えていた花束を僕の膝の上に置こうとする。
 小さな子供が手を伸ばして花束に触ろうとするのを女の人が優しく制して僕の目の前にしゃがみこんだ。
 花束は僕の膝を通り抜けて地下鉄のホームの床に横たえられた。
 こんな風に目の前で女の人にしゃがみこまれると目のやり場に困る。僕は顔を少しだけ背けながらチラチラとその人を眺めた。両手を合わせて目を瞑ったその人はきれいな人だった。
作品名:ありがとう 作家名:郷田三郎(G3)