ありがとう
「○○くん、こうするのよ」
女の人は相変わらず花束に手を伸ばす子供の両手を取って顔の前であわせてあげた。
ぺたんとしゃがんで手を合わせた子供は目を丸くして僕を見ている。
そして母親の口が何かを喋っている様に見えた。
「○○さん、ありがとうございました。貴方のおかげで私は父と最後に話しをする事ができました。父は救助されて三日目に息を引き取ったけど、それでももう少し救助が遅れたら生きてはここを出られなかったと……」
女の人は声を詰まらせて瞑った目からは泪が零れていた。それを子供が心配そうに見ている。
「本当はもっと早く来るべきでしたけど、もう一年も経ってしまって……。ごめんなさい。ほんとうにありがとうございました」
女の人はそれ以上は喋れそうになかった。
そうか、あの人は三日後に死んじゃったんだ。でも、娘さんと最後に話せて良かった。
僕は子供にいないいないばあをしてあげて、お母さん泣いちゃったよ、と女の人を指差した。
子供はお母さんに抱きついて頭に手を伸ばしてよしよしをしてあげた。
僕はなんだか気持ちが軽くなってゆっくりと立ち上がった。
泣かないで下さい、と女の人に声を掛けたけど、女の人は一度顔を上げただけで、聞こえているのかどうかは判らない。
上を見上げると夏らしい薄青い空が見えた。
軽く背伸びをするとそのまま足は地面を離れて、僕は夏の空へ飛び上がって行った――。
おわり
2012.1.15