ありがとう
同期の連中に言わせると、バブル入社の先輩は後輩に対して厳しい人が多いのだそうで、僕の教育担当も歳の頃から言うとばっちり当てはまる。
しかしそんな事も今では懐かしい想い出の様な気がする。
なにしろ僕は地下鉄のホームで落ちてきた天井に埋められているのだ。
何があったのかは正確には判らない。ただ、天井が落ちる前に遠くで大きな爆発音が何度か続けて聞こえたような気はしている。
爆弾テロ。
地下鉄を狙った無差別殺人。
たった一人の殺人をカムフラージュするための大量殺人。
推理小説マニアでもある僕の頭の中に色々な想像が巡っていた。
ただ、ひとつだけ言える事は。
僕は運が良かったみたいだ、という事。
落ちてきた天井や梁は上手い具合に重なって僕の回りに空間を作ってくれたらしく、その狭い隙間の中で僕は身体のどこも潰されることも無く窮屈ながらも多少なりとも姿勢を変えることさえ出来た。
隙間の中にはどこかの非常灯の光が僅かながらも届いていて、爆発はそれほど深刻なものではなかったのかも知れないと思わせた。もしかするとこのまま這って行けばこの瓦礫の山から出られるかも知れない。
僕は瓦礫が崩れてしまわないように慎重に暗い隙間を探りながら出口を探した。
しかし、頭の方向には出てゆけそうな隙間は無く、代わりに運悪く瓦礫に押しつぶされてしまった人の上半身がうつ伏せの状態で僕を迎えたのみだった。
「ううっ、助けてくれ……」
すっかり死んでいると思った上半身の持主が声を出したので今度は僕の方が死ぬほど驚いた。
「だ、大丈夫ですかっ」
僕が手を伸ばすと思いがけないほど強い力でその手を掴まれた。
「誰か居るのか!?」
掴まれた掌の感じと声でかなり年配の男性なのだと判った。どうやら声の主は僕が側に居ると知ってて助けを求めたのではないようだった。