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郷田三郎(G3)
郷田三郎(G3)
novelistID. 29622
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ありがとう

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<ありがとう>

「ありがとう……」
 膝を抱えてうずくまっていた僕の耳にかすかな声が聞こえた。

 その日は朝からとても暑かった。
 七月だから暑いのは当たり前なんだけど、その日は朝から八月の正午過ぎの様な暑さだった。
 僕は駅のホームで冷たい缶コーヒーを飲み干して回収BOXに空き缶を捨てた。
 気合を入れ直したところで快速電車がホームに滑りこんできた。
 電車の中は冷房がフルに働いていた様だけど、定員オーバーの人間が発する体温はそれ以上で、冷房の風が当たる一部分を除いては汗が退くどころかどんどん湿度が上昇している様だった。
 それでも入社以来三ヵ月と少し、僕は一日も休まずに会社に通い続けていた。

「ありがとうございました」
 営業部に配属されて最初に指導を受けたのがこの言葉だった。
「ありがとう、言われるように言うように」
 ありがとう、と聞くとすぐに思いだすのがこの言葉だ。小学三・四年時の担任の先生のお気に入りの言葉で、事あるごとに連呼したので、三年の二学期が終わる頃にはクラス中が念仏の様にこの言葉を唱えていた気がする。
 かく言う僕もこの言葉が好きで中学に上がるくらいまでは事あるごとに声に出したり、出さなかったりして唱えていたものだ。
 だけど、中学・高校・大学と進むうちにその意味は段々薄れて行き、いつしか僕は他人からありがとうと言われる事はなくなった。
 かと言って素直な気持ちでありがとうと言う事も無くなり、幾分不遜な態度や嘲りの気持ちでありがとうと言う事が増えていたような気がする。

 そうして大抵の親が息子の就職口を自慢したくなるような企業に入社した僕は、いきなり、心がこもっていないという理由で入社早々に「ありがとう」の練習をさせられた訳だ。
作品名:ありがとう 作家名:郷田三郎(G3)