夏色のひみつ
その家並みが途切れると、両側が山を削った切り通しになっていて、ゆるやかな上り坂になった。日がささないので昼間でも薄暗く、ひんやりした空気が漂ってくる。
「わあ、涼しい。トンネルみたい」
ちょうど坂を登り切ったところで、わたしは立ち止まった。なっちゃんもほっとしたように肩で大きく息をして、ハンカチで額の汗を拭った。
その時、わたしは切り通しの崖のまん中にほこらがあるのを見つけた。
「なっちゃん、あれなあに?」
「ああ、道祖神よ」
「道祖神?」
「うん。道の神様で、村境を守ってるの。悪い病気や災いが入ってこないように」
「へえ、そうなんだ」
「昔は片浦の町とうちの方の村とを往き来するのは、この山の上をこえたのよ。ちょうどここが村境だから、切り通したときに、崖にほこらをつくって祭ったの」
なっちゃんの説明を聞きながら、ほこらをじっと見ていたら、背中がひやっとしてきた。
「さ、もう一息よ。行こうか」
なっちゃんにいわれてほこらの前から離れて歩き出したわたしの前を、白いものがふわっと横切っていった。
「なに?」
そう思ったのもつかの間、いきなりわたしの目の前に真っ青な海が現われた。
それもわたしは宙に浮いたように立っていて、足下をすごい勢いで波が遠ざかっていく。
まるで船に乗っているみたい。
「まゆ。どこ?」
なっちゃんの声がした。
はっとわれに返ると、もとの場所だ。目の前にはゆるやかな下り坂が延びていて、折り重なった屋根の向こうには、ほんの少し海が見える。
「わたし、どうしたのかしら?」
鳥肌が立って、寒気がした。なっちゃんの顔も青ざめて、私の顔をじっと見つめている。
「びっくりした。まゆの姿が一瞬だけ見えなくなったの」
両脇は崖になっているので、冗談にもかくれんぼなんかできない場所だ。
ふたりとも、キツネにつままれたような気持ちでその場を離れた。