夏色のひみつ
「あ、なっちゃん?」
「大きくなったわね。四年生だっけ?」
お母さんの妹なっちゃんは、ひまわりみたいな笑顔でわたしの顔をのぞき込んだ。お勤めをわざわざ休んでのお出迎えだ。
ボーイッシュなショートカットがよく似合っていて、スタイルだっていい。たしかお母さんより8歳も若いんだっけ。ごく小さいときにあっただけだったから、電話では話していても顔はすっかり忘れちゃっていた。それでも、やっぱりどことなくお母さんに似ている。体型は全然ちがって、お母さんはカバだけど。
まだ独身で、おじいちゃんやおばあちゃんといっしょに住んでいる。わたしがなっちゃんて呼ぶのは、おばさんていわないでってなっちゃん本人がいったから。
でも、たしかにオレンジ色のタンクトップにジーンズの短パン姿は、どう見ても三十二歳とは思えない。
「なっちゃん。わたし、歩く」
駅から出ると、わたしはまっすぐタクシー乗り場に歩き出したなっちゃんの背中に向かって言った。
「え? 暑いのに? あなたの足だと……そうねえ、二十分はかかるわよ」
「うん。だいじょうぶ、そのくらい。だって荷物なんかないんだし、ほらちゃんと帽子もかぶってるし。それにひさしぶりだから、ゆっくり景色を見たいし」
「わかったわ」
小振りのキャップをかぶっているだけのなっちゃんには、えんえん二十分も歩くのは暑くてきついかもしれないけど、わたしは歩きたかった。
もっともお母さんの話では、なっちゃんは車がきらいだといって、免許もとらなかったっていうから、わたしを迎えにくるのだって、歩いてきたに違いなかった。
タクシーで行こうって言ってくれたのは、たぶん、わたしに気を使ってくれたから。
おばあちゃんの家は町のはずれだから、駅から歩けば、お母さんが生まれた町の様子を見られる。それが楽しみだった。
駅前の商店街から町中を過ぎて、役所や図書館の通りを抜けると、ちょっと古い町並みが顔を覗かせた。ガラス張りの入口は、サッシじゃなくて木でできていて、玄関先がすごく広い。
「このへんの家の玄関て、ずいぶん広いのね」
「ここいらは昔、カフェーをやっていた家が多いのよ」
「カフェーって?」
「今でいう喫茶店よ」
「ふうん」
「この町は今でこそこんなにさびれちゃったけどね、明治や大正時代には『江戸がみたけりゃ片浦へござれ』って歌われたくらい、にぎやかだったっていわれてるの」
「そうなんだ」
わたしはガラス戸に映る自分の顔で百面相をしながら歩いた。