夏色のひみつ
わたしはスキップしながら山道を降りた。そして、道祖神のあるほこらのそばに行ってみた。
「こがね丸。いるの?」
「うん」
「うまくいきそうよ」
「そうみたいだね。ぼく、体が軽くなった」
「じゃあ、消えちゃうの?」
わたしはなんだか寂しくなった。
「だいじょうぶ。またいつかあえそうな気がする」
最後にこがね丸はわたしの前に姿を見せた。
「ありがとう。もう言い伝えもおしまい。ぼくの役目も終わった」
自分の体が消えるというのに、こがね丸の声はみょうに明るく弾んでいる。もっとも最初からそう言っていたけど。
だんだんと体がうすくなって、こがね丸は消えていった。今度こそ本当に。
「お姉ちゃん。ありがとう」
完全に消える寸前、かすかにそう聞こえた。
家に戻ると、なっちゃんと佐藤さんがいた。わたしの顔を見て、ふたりとも恥ずかしそうにしている。
土曜日は漁が休みなので、おじいちゃんもいる。茶の間に揃ったみんなの顔は晴れやかだった。
「もう、まゆはどこにいってたんだい?」
わたしだけがもどらないので、おばあちゃんは、慌てたようだ。
「ごめんなさい。弟にさよなら言ってたの」
そう言ったら、みんなぽかんとしていた。
朝ご飯を食べているとき、電話が鳴った。
「まあ、春海。そっちのお母さんの具合はどうだい?」
お母さんからだ。わたしはすぐにおばあちゃんのそばに行った。
「うん。うん。そうかい。よかったね。こっちもいいことがあるんだよ」
そのとき、わたしはおばあちゃんに、
「わたしが言う。かして」
と言って、受話器を奪い取った。
「もしもし、お母さん? あのね。なっちゃんがね、結婚するのよ」
受話器の向こうのお母さんは一瞬声を詰まらせた。それから
『よかった。ほんとによかったわ』
そう言いながら、泣きだした。