夏色のひみつ
なっちゃんの幸せ
うっかり寝過ごしそうになったけど、こがね丸が起こしてくれた。
朝もやが立ちこめた竹林の斜面を登っていくと、尾根づたいに走る道路があった。
「晴れていたらいいながめなんだろうな」
家の屋根も向こうの海もぼんやりとしか見えない。でもひんやりした空気が気持ちよくて、おもいっきり深呼吸した。
「そろそろ、来る時間だわね」
少しもやが晴れて、視界がよくなった。
計算外だったのは、ジョギングしている人がけっこういたことだ。スウェットスーツで全身をすっぽりおおっているから性別がわかりにくかったり、帽子をすっぽりかぶっていて顔がわかりにくいので、すれ違うたびに佐藤さんかどうかいちいち確かめなくちゃならなかった。
「まだこないのかなあ」
いい加減じれったくなったとき、佐藤さんはやってきた。
Tシャツにジャージのズボン姿だったのですぐにわかった。なんだ、あんなに苦労することなかったんだ。
「あいたたた」
すれ違ってすぐに、わたしはわざと大声を出した。ちょっと月並みな演出だけど、これしか思いつかなかったのだから、しかたない。
足首を押さえて、いかにもいたそうな顔をしてその場にうずくまった。
「どうしたの?」
しめた。思惑通り佐藤さんがわたしに声をかけてきた。
もっとも、ここでしらんフリするようなやつだったら、この時点で失格だけど。
「足をくじいちゃったみたいで」
わたしは大げさに顔をしかめた。きっとみんなが見ていたら、名演技だと誉めてくれると思う。
「立てる?」
わたしは一度は立ち上がって、
「あ、いたい」
と、また座り込んだ。
「大変だ。家まで送るよ。さあ」
佐藤さんはわたしに背中を向けた。
ちょっとどきどきしながら、わたしは佐藤さんにおんぶしてもらった。
わたしの顔をろくに見ていなかった佐藤さんは、
「家はどこ?」
と、きいてきた。わたしはまってましたとばかり答えた。
「なっちゃんちです」
「え?」
佐藤さんは驚いてしゃっくりみたいな声を出した。それは普通の驚きだけじゃなく、胸のときめきも入っていたからだと思う。
「あの、この間お会いしました。わたし、なっちゃんの姪です」
「ああ、あのときの」
佐藤さんは思い出したようだ。
うまくいったわ。
わたしはちょっと舌を出した。