夏色のひみつ
こがね丸の願い
十年前、学生結婚したなっちゃんは卒業してじきに双子を産んだ。それがわたしと弟だった。
でも、あの写真を撮って間もなく、交通事故に遭ってしまい、なっちゃんとわたしだけが助かった。
まだ若いなっちゃんに、子どもを抱えて一人で働くのは大変だし、やり直しはきくのだからと、周りはわたしを養女に出すように勧めたのだそうだ。それも他人ではなく実の姉のところなら、「叔母」として見守ることもできるからと。
なっちゃんは最初は首を縦に振らなかったけど、事故のあと数年間は、後遺症で寝たり起きたりの状態だったから、とうとう承知して、わたしは子どものいない今の両親に引き取られた。三歳になる少し前だったそうだ。
このいなかは事故の後、わたしが住んでいた場所だったんだ。わたしがずうっと昔に遊んだ記憶……そばにいたのはなっちゃんだった。
『夏海はね、車がきらいなのよ』
耳の奥で、お母さんの声がした。いなかに来たがらなかったお母さんの気持ちが少しわかったような気がした。
わたしをなっちゃんにあわせたくないからじゃなく、なっちゃんがほんとうに吹っ切れるまで、距離を置いておきたかったんだ。
海の方からかすかに船外機の音が聞こえてきた。いつもと変わらない漁師の朝のはじまりだ。
なっちゃんはもう一度わたしを抱きしめると、しずかに部屋を出て行った。
わたしは蛍光灯を消した。
窓の外はうっすらと明るくなっていたけど、部屋はまだ薄暗い。その暗がりにわたしは声をかけた。
「こがね丸。そこにいるの?」
するとこがね丸は姿を現わした。
「ごめんね。急に明るくしちゃって」
こがね丸はわたしをにらんでいる。
「ごめん」
もう一度あやまった。
「いいよ。もう」
こがね丸はふてくされたように答えた。
「それより、なんとかして。もういやだ。あの人の気持ちが重いんだ。ぼくはさっさと消えたいよ」
そう言ってこがね丸は朝の光の中に消えていった。