夏色のひみつ
「うまく言いくるめられちゃったね」
夜中、こがね丸が枕元に現われた。
「なによ。びっくりするじゃない」
飛び起きたわたしは文句を言った。
「それに、なによ。言いくるめられたって」
こがね丸は悲しそうな目でわたしを見つめている。薄暗くてはっきりとはわからないけど、こがね丸の表情はなんとなくわかる。
「あのふたごの赤ん坊、ほんとに死んじゃったと思ってる?」
「なによ。だって、たかこ先生が言ったじゃない」
「ひとり死んで、一人生き残っていたら?」
「え? それって、どういうこと」
「ぼくがだれのせいでこうしてさまよっていなきゃいけないのか、はっきりしたよ」
こがね丸はちょっと怒っているような口ぶりだ。
「君を見たときは直感でぼくを助けてくれると思った。でもどうしてか説明がつかなかった。おおよその見当はついていたけどね。でも、今日の話で本当のことがわかったよ」
「やだ、ついてきてたの?」
「うん。君の影になってね」
「ストーカーみたい。でも本当のことってなによ。先生が話したことじゃないの」
わたしはもうこの話はおしまいにしたいと思った。
「ちがう。あのふたごは君と弟だ。事故にあったのは本当さ。でも生き残ったのはあの人と君だったんだ」
ズシン! と、まるで頭を堅いもので殴られたようなショックを覚えた。
少しの沈黙のあと、わたしは興奮して
「な、なんでそうなるのよ。わたしのお母さんは東京にいるわよ」
と、声を荒げた。
なんで? なんで? こがね丸は何を言ってるの? 頭の中がパニックになった。
「ぼくが消えないのは、あの人が死んだふたごの弟のことを忘れないから」
「なんですって?」
「あの人は昔のことを調べるのが専門だろ。史実だけじゃなくて、民間伝承や伝説や民話……いろんなことを知ってる。だから、ぼくの伝説を調べるうちに、死んだ子どもの面影をぼくに映しちゃったんだ」
「何バカなこと言ってるのよ。だったら、どうしてわたしがなっちゃんと離れなきゃいけないの? わたしが本当になっちゃんの子どもなら、ここで暮らしてるはずでしょ」
かなり声がうわずっている。
「まゆ、どうしたの? 夜中に大きな声で」
なっちゃんがあわてて部屋に入ってきた。
でも、なっちゃんは「あっ」といったきり、動かなくなった。じっと一点を見つめている。そこはわたしの枕元で、こがね丸のいる場所だった。
「なっちゃん。見えるの?」
常夜灯だけがついている薄暗い部屋。今まではわたしにしか見えなかったこがね丸は、同じようになっちゃんを見つめている。
今にも泣きそうな、すごく悲しそうな目で。
わたしはとっさに蛍光灯をつけた。どうしてそうしたのかは自分でもわからない。頭で考えるより先に、体が動いていた。
ぱっと部屋が明るくなって、こがね丸は姿を消した。
その時、小さな叫びのような、うめきのような声を出した。それはたしかに、
「お母さん」
と言ったように聞こえた。
部屋が明るくなると、なっちゃんはわれに返ったようにきょとんとして目をぱちぱちさせた。
それからなっちゃんはその場に座り込むと、肩を震わせて泣き出した。
「なっちゃん」
わたしは小さくつぶやくように声をかけると、そっと近づいて肩にすがりついた。
「なっちゃん なっちゃん……お母さん」
なっちゃんはわたしをぎゅっと抱きしめて
「ごめんね。ごめんね」
って、くり返した。