森と少女~forest
シーン1(森・到着)
明転。
いつの間にか森の中に立っているアリス。アリスの背後、木の陰にはウサギが立っている(アリスからは見えない)。
アリス「……ここは……?」
ウサギ「ようこそ、ぼく達の森へ!」
アリス「えっ!?」
大きく両手を広げて立っているウサギ。アリスは振り向き、一歩後退る。ウサギは片手を胸に添えて、深々と頭を下げる。困惑しているアリス。
ウサギはアリスの周りをぐるぐると歩き回りながら、自分の台詞に頷いたり、腕組みしたり、大袈裟な身振り手振りを交えたりする。
ウサギ「ようこそ、アリス。なかなか来てくれないんだもん、待ちくたびれちゃったよ」
アリス「え……なに? あなたは誰? ここは……」
ウサギ「そのくせ、来るとなったらいきなりなんだもの。ぼく達にも準備ってものがあるのにさ。そういうところも、ちゃんと考えて欲しいよね」
アリス「え……準備って、何の準備? それに……」
ウサギ「まあいいや。何はともあれ、ようこそ、アリス! ここはぼく達の森。ちょっと遅刻しちゃったけど、来てくれて嬉しいよ」
懐中時計を何度か見て、歓迎の意を示すウサギ。アリスは困惑したまま何も言えないでいる。助けを求めるように周囲を見渡して。結局ウサギに視線を戻す。困った様子のアリスを見て、楽しそうに笑っているウサギ。
ウサギ「そんなに怖がらなくていいよ。何度も言うようだけど、ここはぼく達の森なんだから。怖いものなんて何もないんだ」
アリス「……そんなこと、いきなり言われたって……」
ウサギ「いきなりじゃない言葉なんてないと思わない?」
アリス「それは……」
ウサギ「あははっ、いいんだよ、アリス。そんなに難しいことじゃない。ようするに、ここは全然怖くないところで、ぼく達はみんな君を歓迎してるってこと」
アリス「……ぼく達?」
ウサギ「そう。ぼく達。ぼくと、この森にいるみんな。みんな、アリスが来たよ!」
木陰や岩陰から森の住人達が登場。驚くアリス。住人達から距離をとる。
ウサギはそんなアリスに構わず、住人達に声をかける。
ウサギ「お待ちかね、ようやくアリスのご到着だ! みんな、歓迎のパーティを!」
森の住人達とウサギのショー。アリスは彼らから離れ、じっとショーを見ている。このときのアリスはあまり楽しそうではない。
ショーの終わり間近、ウサギは住人達から離れ、アリスの側へ(ここで多少BGM音量を下げていただけると嬉しいです)。
ウサギ「ぼく達のショーは楽しんでもらえた?」
アリス「…………」
ウサギ「いきなりだからびっくりした? でもね、アリス。言葉も、ショーも、何だって、いきなりじゃないものなんて、この世にないと思うよ。全部いきなりやってくるんだ。まるで、そう……にわか雨みたいにね」
雨が降り始める。森の住人達は徐々に退場。アリスは空を見上げて嫌そうな顔。木陰の方へ行こうとする。ウサギもそれについていく。雨女・雨男登場。傘を差して楽しそうに歩いてくる。木陰の方へ行こうとしていたところを立ち止まり、二人を見つめるアリス。二人がパフォーマンスを始めると、ウサギも途中からそれに混ざる。じっと見ているアリス。二人はアリスに気付く。
雨女 「あらあら」
雨男 「おやおや」
雨女 「そこのウサギさんから話は聞いてたけど。本当に可愛らしいお嬢さんだったのね」
雨男 「アリスさん……でしたかな。どうです? この森は。楽しんでいただけておりますかな?」
アリス「え……?」
雨女 「(雨男に)ほらほら、いきなりそんなこと聞いたって答えられるわけないじゃない(アリスに)ねえ?」
アリス「…………」
雨男 「これはこれは……私としたことが、申し訳ない。お嬢さんを怖がらせてしまったようだ」
ウサギ「(雨男に)アリスはまだこの森に来たばっかりだから、ちょっと緊張してるんだよ(アリスに)そんなに怖がらなくても大丈夫。ちょっとおかしなところはあるけど、悪い人達じゃないから」
雨女 「ちょっと。そこのウサギさん。誰がおかしな人ですって?」
ウサギ「ぼ、ぼくは何も言ってないよ」
雨女 「まったく……ちょっと目を離すと、すぐ変なこと言うんだから」
雨男 「ははは……まあいいじゃないか。ウサギはこんな可愛らしいお嬢さんを連れてきてくれたんだ、感謝をすることはあっても、怒ったりする必要はないだろう?」
雨女 「ま、それもそうだけど(アリスに)改めまして、ようこそ、アリス。どう? この森、気に入ってくれた?」
アリス「…………」
雨女 「……さっきのショー、楽しくなかった?」
アリス「そんなこと……ありません。ただ……雨が、降ってるから」
雨女、傘を傾げて空を見上げる仕草。
雨女 「雨、か」
雨女、視線をアリスに戻して。
雨女 「雨の日は嫌い?」
アリス「……(頷く)」
雨女 「そっか……うん。そうだよね。雨の日って、何だか気分が重くなっちゃうもんね」
アリス「…………」
雨男 「確かに、雨の日は憂鬱ですな。雨粒は冷たくて、とても寒くて。雲は厚く、昼でも暗い。わざわざ雨の日に外に出かけて休暇を過ごそうなんて考えるのは、私か(雨女に)君ぐらいのものだ」
雨女 「ちょっと、人をただの物好きみたいに言わないでくれる? 私が雨の日にばっかり散歩するのは、ちゃんと理由があるんだから」
アリス「雨の日に散歩する……理由?」
雨女 「そう。とっても冷たくて暗いかもしれないけど……雨上がりの虹は、雨が降ったその日にしか見れないんだもの。見逃したら損じゃない」
アリス「…………」
雨女 「雨上がりの虹も、雨に濡れた森も、とっても綺麗。雨の日は、雨の日にしか見ることのできないものがたくさんあるわ」
雨男 「冷たくて暗い日でも、楽しもうと思えば何だって楽しめるのですよ。歌を唄えば雨雲の向こうに届くかもしれないし、ダンスを踊れば心が弾む。私もほら、この通り(ダンスを踊る)」
アリス「…………(笑い出してしまう)」
雨女 「(アリスに)変な踊りでしょ? この人、どんなに練習してもダンスだけはうまくならないんだから」
雨男 「(雨女に)私が楽しければ、それでいいんだ(アリスに)はは……いやあ、どうも不慣れで申し訳ない」
雨女 「でも、雨の日にだって楽しいこと、嬉しいことはあるって、少しでも伝わった?」
アリス「……はい(頷く)」
雨女 「雨の日は憂鬱。でも、雨の日にだってダンスはできる。歌だって唄える。雨が降ってるからって、楽しいことをしちゃいけないなんて決まりはないもの」
アリス「そう……ですね(少しだけ何かを吹っ切ったように明るく)」
雨男 「そうですとも」
傘も差さず、雨女・雨男はアリスから少し離れる。じっとその姿を見ているアリス。
ある程度歩いていき(舞台中央辺り?)、突然立ち止まってその場でターン。アリスに向き直って、傘を持っていない方の腕を伸ばし、
雨男 「晴れの日も雨の日も、辛いことはたくさんあります。だからこそ、どんなときでも明るく歌ってみせるのですよ」
雨女 「お日様が照っていても雨が降っていても、アリス、あなたが楽しいことをしようと決めたのなら。きっと素敵なことがたくさん起きるわ」
ウサギ「雨上がりの虹みたいにね」
作品名:森と少女~forest 作家名:名寄椋司