森と少女~forest
シーン6(森とお別れ)
(シーン5ラストで暗転)
ファンファーレが鳴って明転。
誰もいない森の奥に立っているアリス。
舞台の奥の方にピアノとピアニスト(ここはまだ照明を当てないでください)。
アリス、ファンファーレの音に驚いて周囲を見回し、
アリス「な、なに、今の音?」
ウサギの声だけが聞こえてくる。
ウサギ「おめでとうアリス! ここが森の一番奥、ゴールだよ!」
アリス「えっ……(周囲を見回して)それじゃあ、私」
ウサギ「そう! これでアリスの名前を住民票に登録できる! この森でずっと楽しく暮らせるんだ!」
アリス「(半ば呆然として)この森で、ずっと……」
ぬいぐるみのときの姿に近付いたウサギ(衣装などを変えることで表現するのでしょうか?)、飛び跳ねるようにやってきて、嬉しそうにアリスに駆け寄り、
ウサギ「なかなか来ないから心配しちゃったよ。どこかで迷子になっちゃったんじゃないかって思ったけど、ぼくが探しに行くことはできないし(アリスの背後で飛び跳ねるように歩きながら)」
アリス「(俯いて、ウサギの台詞を聞いている)」
ウサギ「さ、早く登録しにいこう? そうすればアリスはぼく達の仲間だ! みんな歓迎するよ!(アリスの隣に並ぶ)」
アリス「ウサギさん……(顔を上げて、ウサギと向き合う。ぬいぐるみの姿に近くなったウサギの姿を見て驚き)ウサギさん?」
ウサギ「(不思議そうにアリスを見て)どうしたの、アリス?」
アリス「(ウサギを指さして)ウサギさん……何でぬいぐるみみたいなの? 前はそんな格好じゃなかったのに」
ウサギ「(不思議そうに自分の姿を見下ろして)え……?」
ここでピアニストの照明が当たって、
ピアニスト「ウサギの姿は、アリス、君が助けを求めていたから、私達に近いものになっていただけだ(ピアノを鳴らして)君はこの森でたくさんのことを学び、成長した。ウサギの助けがいらないほどにね。だからウサギは、ぬいぐるみだった頃の姿に戻っているのさ」
アリス「(ピアニストの方を見て)あなたは……?」
ピアニスト「私はこの森の住民。そしてアリス(ピアノを鳴らし)かつて私は君と同じ世界からやってきた者だ」
アリス「(驚いて)あなたも、私と同じところからやって来たの?」
ピアニスト「ああ(弱くピアノを鳴らし)アリス、君はウサギに言わなければならないことがあるはずだ。伝えなければならないことがあるはずだ(強くピアノを鳴らして)それをきちんと、君の言葉にしなさい。さあ」
ウサギ、不安げにアリスとピアニストを交互に見比べる。
アリスはしばらく戸惑っているが、やがて意を決したように頷いてウサギと向き合い、
アリス「ウサギさん。私、もとの世界に帰ったら(落ち込んだように俯く)駄目、かな」
ウサギ「(意外そうに)え……どうして? だってアリスは、もとの世界が嫌いだからこの森に来たんじゃないの?」
アリス「(顔を上げて少し語気を強めて)そうなんだけど(再び俯き、語気を弱めて)この森に来て、たくさんの人に会って。いろんなことを教えてもらって……私、もとの世界に戻らなきゃいけないんじゃないかって、そんな気がする」
ウサギ「(暗い表情)アリス……(両手を広げて説得するように)でも、もとの世界は辛くて悲しいことばかりなんだよ? この森にいれば、みんな優しくしてくれる。楽しいことしかない、とっても素敵なところなんだよ?」
アリス「それは……そうかもしれない。ううん、きっとそうなんだと思う。この森にいればみんなが優しくて、辛くて悲しいことなんか何一つなくて、いつまでも楽しいままなんだと思う」
ウサギ「(勢い込んで)だったらこの森に」
アリス「(ウサギの台詞を遮って)でもそれじゃ駄目なの! ……私、ずっと辛いことから逃げてばっかりだった。誰とも喋らないで、いつも一人だった。この森に来て、初めてあんなにたくさんの人と話した……それでわかったの。楽しいことは、楽しいだけじゃ駄目なんだって。辛いことや悲しいことを我慢して、その後にやって来るから、本当に楽しいって思えるんだって」
ウサギ「アリス……」
ウサギ、アリスの傍らに寄り添う。
ピアニスト、ピアノを鳴らして、
ピアニスト「アリス。君はもう気付いているね? 自分がここで何を学んだかを」
アリス「(頭を左右に振って)わからない。わからないけど……でも、この森に、ウサギさんに、甘えちゃいけないって……そう思う」
ピアニスト「それが、気付いているということさ」
ピアニスト、ピアノを鳴らして、
ピアニスト「私はかつて君と同じ世界の人間だった。子供の頃、この森に来て……そして、この森の優しさに甘えてしまった」
アリス「(ピアニストの方を見て)」
ピアニスト「私はもとの世界に体を置いてきたまま、心だけでこの森に留まった。時間が経ち、私の体は成長したが、心はずっと変わらないままだった(ピアノを鳴らして)結局、私は本当の森の住民にはなれず、かといってもとの世界にも戻れなくなった。今の私はただ、こうしてピアノの前に座り続けることしかできない……どちらの世界にも居場所のない、孤独な人間だ」
アリス「(無言のまま。胸元で手を組んで)」
ピアニスト「だが君はたくさんのことを学び、成長した。優しさに甘えることなく、辛いこと、悲しいことを乗り越えた先にあるものに気付くことができた(ピアノを鳴らして)行きなさい、アリス。君にはまだ帰るべき場所がある」
アリス「……はい(頷いて)」
アリス、ウサギの方へと向き直る。ウサギの手をとって、
アリス「ウサギさん。私、やっぱり帰らなきゃ。この森はとっても素敵なところだけど(周囲を一度見回して)私は、ここにいちゃいけないから。もとの世界で……辛いことや悲しいことを乗り越えて、生きていかなきゃいけないから。だから、私、帰るね」
ウサギ「アリス……(手を強く握って)うん。ぼくはこの森でしか生きていけないけど。アリスは、アリスの世界で生きていくんだよね」
アリス「(笑顔で頷いて)」
ウサギ「(笑って)アリスならきっと大丈夫。どんなことがあっても、負けたりしない。さよなら、アリス……さようなら」
アリス「(ウサギを抱きしめて)さよなら、ウサギさん」
暗転。
作品名:森と少女~forest 作家名:名寄椋司