僕の村は釣り日和6~和みの川
僕はイワナを岸辺にずり上げた。
「やった。イワナを釣ったぞ」
それは初めてルアーで釣った、自然渓流の魚だった。
「これでまた、父ちゃんの骨酒の材料が増えたわけだ」
嬉しそうにイワナを受け取った高田君がつぶやいた。どうやら高田君は親に随分と気を遣っているらしい。今回の釣りも家族サービスの一環のようだ。まさしくキャッチ・アンド・イート、漁業本来の釣りである。
ちなみにイワナの骨酒とは、イワナを素焼きにし、そこへ熱く燗をした酒を注いで飲むもので、小学生の僕たちには、ちょいとばかり早い飲み物だ。聞いた話では、イワナからダシが出て、非常においしいものらしい。
「結構、魚影が濃いな」
東海林君がつぶやいた。
「当たり前よ。この川は漁協が管理しているんだ。放流量も半端じゃないらしいぜ」
高田君が自慢げに言って退けた。
「てことは、そのイワナも養殖物?」
高田君の親は農業のかたわら、アユ釣りもよくやっているので、漁協とも仲がよい。僕は素直に聞き返した。
「まあ、そういうことになるかな」
「なんだ、天然物じゃないのか」
僕は少しがっかりした。あの竜山湖で釣ったニジマスとイメージが重なった。
「そうは言ってもよ。最近は釣りブームだろ。みんなで釣りをしていたら、魚がいなくなっちまうんだよ。都会から来る連中なんて、ちっこいのまでかっさらっていくんだぜ」
下流部でもよく、都会のナンバーの車を見かける。釣り人の中には稚魚までも、根こそぎさらっていく連中もいるのだろう。そうすれば、確かに川は死に絶える。魚の生命を途切れさせないためにも、釣り人の要求に応えるためにも、養殖した魚を放流することは必要なのだろうか。
「でも、こんな上流部まで放流しているんだな」
僕は太く、自然の色を濃く残した流れを眺めながらつぶやいた。
「この川の漁協は熱心だからな。釣り客が来れば、遊魚券でもうかるし、村の温泉宿に宿泊客が泊まるだろう?」
高田君は村の経済事情にも精通しているようだった。
「なるほど。ここでもイワナやヤマメ、そしてアユは人間が生きる道具ってわけだな」
東海林君が皮肉っぽく笑った。
「まあ、そう言うなよ。お陰で俺たちも釣りを楽しめるんじゃねえか」
作品名:僕の村は釣り日和6~和みの川 作家名:栗原 峰幸