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予感 -糸-

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彼女は、気分直しと帰りにお気に入りのパン屋で買ったクロワッサンを食べようと思い、珈琲を淹れにキッチンへいった。
昨年の忘年会のビンゴゲームで貰ったコーヒーメーカーに それに合わせて買った珈琲粉を入れ、スイッチを押した。
珈琲を待つ間に 僅かな油染みが浮かぶパン屋の紙袋から クロワッサンを皿に移し変えた。
バターの焼けた香りと紙袋の独特な匂いを 鼻先で嗅ぎながら彼女の口元は微笑んでいた。
そんな香りも 部屋に分散していったのか 感じなくなってきた。そろそろ珈琲も出来上がりの頃かとコーヒーメーカーに振り返った。
(あれ?)
耐熱ガラスの容器の中には茶褐色の液体は零れ落ちていない。もちろん特有のそそる香りも彼女の嗅覚に感じない。それどころか沸き立ってもいない。コーヒーメーカーの電線を辿る。その先は、壁のコンセントに繋がっていなかった。
彼女は、ひとり苦笑した。気を取り直し、コードをコンセントに差そうと身体を屈めようとしたときだ。
スリッパが床に引っかかり、崩した体勢を持ち直そうと手を付いた。
ガシャとぶつかった音。咄嗟に耐熱ガラスの容器を掴んだ。
だけど、コーヒーメーカーは傾き、水は台に零れ、上部の蓋からコーヒー粉が辺りに散らばった。
ひとつ守った安心感なのか、諦めなのか 彼女は動けず、床に広がったコーヒー粉を見下ろしている。
耐熱ガラスの容器を安定の良い場所に置くとしゃがみ込んだ。
指先で零れた粉の上にラインを描く。サンドピクチャーのようだ。
彼と彼女のイニシャルをハートを間に入れて描いてみた。消すように広げなおし、傘マークの左右に名前を描いた。
(うふ。今どき相合傘なんて 悪戯書きにも見かけないかなぁ)込み上げてくる笑いと哀しさ。
DM(ダイレクトメール)ハガキと掌で集めてシンクに落とした。床に残った粉はハンドクリーナーで吸い取った。

作品名:予感 -糸- 作家名:甜茶