僕の村は釣り日和5~竜山湖の事実
「何だと。俺も村人の一人だ。それに俺がやったという証拠でもあるのか?」
緊迫した空気が周囲に立ち込めた。それまで騒がしかった教室中がシーンと静まり返る。
もうすぐで張り詰めた空気が爆発しそうな時だった。教室の扉がガラガラと開いた。そこに立っていたのは小森さんの母親だった。
「妙子、お前、裁縫箱を忘れただろう?」
小森さんの母親が裁縫箱を差し出す。小森さんはバツが悪そうにそれを受け取った。
「みんな、ごめんね。騒がしちゃって」
小森さんはみんなにペコリと頭を下げた。東海林君も高田君も少し気の抜けたような顔をしている。
小森さんは二人に歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「東海林君は立派な村人の一人だよ。私たちの仲間だよ。高田君もいつまでも意地張っていないで、仲良くしなさいよ。でも、今日は私のドジで迷惑かけちゃってごめんね」
「お、おお……」
高田君は半歩後ろに下がって、そのまま背を向け、席に着いた。一方、東海林君はおもしろくなさそうな顔をしながら、秋のイワシ雲を眺めている。
(僕たちがブラックバスなら、お前はウッカリカサゴだ)
僕は振り向きざまに、何やらブツブツと小声で独り言をつぶやいている高田君に向かって、心の中でつぶやいた。僕の頭の中には、かつて釣り雑誌で見たことのある、深海から釣り上げられ、目の飛び出した間抜けなウッカリカサゴの表情が浮かんでいた。本当は声に出して言いたかったが、口に出せば、またケンカになる。心の中でもつぶやけば、少しは僕の気も晴れるというものだ。この前、高田君に父の悪口を言われた仇を討った気がした。
ただ、気まずい空気が教室を支配していた。
下校の時間となり、東海林君と僕が並んで校門を出ようとした時、そこに高田君が待ち構えていた。
高田君は僕たちの前に立ち塞がる。
また、張り詰めた空気が周囲に立ち込めた。
「お、おう、あのよー、そのー、さっきは疑ったりして悪かったよ」
高田君は視線をそらしながら、丸坊主の頭を指でかいてバツが悪そうに切り出した。
「そのことなら、もういいさ」
東海林君のその一言で、空気が少し緩んだ。
「明日よー、笹熊川の上流に釣りに行こうと思うんだけど、お前らも一緒に行かねえか?」
東海林君と僕は顔を見合わせた。高田君が東海林君を釣りに誘うとはどういう風の吹き回しだろうか。
「何が釣れるんだ?」
作品名:僕の村は釣り日和5~竜山湖の事実 作家名:栗原 峰幸