僕の村は釣り日和5~竜山湖の事実
僕は元気一杯に答えた。
東海林君の母親は体を少し震わせたかと思うと、彼に駆け寄り、思いきり抱き締めた。
「正がいない間、私、不安で不安でしょうがなかったのよ」
東海林君の母親の目からは大粒の涙があふれ出している。
僕の母がそっと東海林さんの母親に肩に手を置いた。
「秀美ちゃん、かわいい子には旅をさせろって言うでしょ? きっと正君もいい経験をして帰ってきたと思うわよ」
父が車から降りてきた。
「秀美ちゃん、君の息子さんはたいしたもんだ。すごく大きなブラックバスを釣り上げたぞ。今、思い出を印刷してくるよ」
父は道具の片付けもそこそこに、家の中へと向かった。
「お母さん、俺、お父さんが釣った最高記録を抜いたぜ。昨日の夜、賛美歌を歌ってお父さんに報告したんだ」
東海林君の母親が涙をぬぐって、やっと笑った。その笑顔はいかにも優しそうな母親の笑顔だった。
「そう、よかったわね。きっとお父さんも天国で喜んでいるわ」
「それとね、初めてブラックバスを食べたんだ。アメリカ人の親切なおじさんと知り合いになってね。その人のペンションに泊めてもらったんだ。ブラックバスって案外とおいしいもんだぜ。お母さんにも食べさせたかったなぁ」
「じゃあ、今度釣ってきたら逃がさないで、持ってきてちょうだい」
「そうだね。じいちゃんやばあちゃんにも食べさせてみるか」
東海林君が得意そうに鼻の下をこする。
父が家の中から出てきた。手には一枚の写真が握られている。
「秀美ちゃん、これを見てごらんよ」
そう言って父が差し出した写真は、東海林君と僕と父とで撮った、あの53センチのブラックバスの写真だった。みんな頬が丸くなるくらい笑っている。
「本当、すごいブラックバス。それにいい笑顔ね」
東海林君の母親が目を細めて笑った。息子の満足そうな笑顔を見て、母親としても満足なのだろう。
「これを旦那さんの遺影の前に飾ってあげなさい」
「はい。この度は本当に何から何まで、どうもありがとうございました」
東海林君の母親が深々と頭を下げた。その下げた頭から、また涙が地面に落ちる。
作品名:僕の村は釣り日和5~竜山湖の事実 作家名:栗原 峰幸