僕の村は釣り日和4~賛美歌
そこに横たわっていたのは、以前にバーベキューで行ったマス釣り場のニジマスとはまったく違っていた。胴体は厚みがあり、顔付きもどう猛な感じがする。それに歯も鋭い。これではブラックバスのように下アゴをつかんで抜き上げることはできないであろう。
「ジャスト50センチ」
メジャーを当てた父が言った。
「外道(目的以外の魚)だけどすごいな。迫力満点だぜ」
東海林君もニジマスに見とれている。
「ニジマスもワカサギを食べるの?」
「もちろん。このくらいの大型になると追い回して食べるよ。この湖ではブラックバスより、むしろニジマスの方がワカサギを食べているだろうね」
父がパンパンに膨れたニジマスのお腹をさすりながら言った。
「でもニジマスって、もともと日本にいる魚でしょ?」
「違う、違う。ブラックバスと同じ、アメリカから来た魚さ」
父は笑って答えた。
「ニジマスはよくマス釣り場なんかで馴染みのある魚で、養殖も盛んだから日本の魚だと思われがちだけど、移植されたのはブラックバスより遅いんだ。太平洋戦争で日本が戦争に負けて、アメリカの兵隊さんが日本に来て釣りを楽しむために持ち込まれた魚なんだよ。よくナントカ国際マス釣り場ってあるだろう。あれは国が経営してるってことじゃなくて、昔、外国人が釣りをしていたから『国際』なのさ」
「へえー、知らなかった。ブラックバスの方が先輩なんだね。そう言えば、村の笹熊川にもニジマスがいるよ」
「それは漁協が放流しているのさ。この湖もそうさ。ニジマスは日本では一部の川や湖を除いて自然繁殖がほとんどできないんだ。ただ養殖は簡単だからね」
横たわったニジマスはまだ時折体をくねらせてもがいている。この魚も人の手で生まれ、育てられたのだろうか。
僕はこの時、ふと思った。外来種のブラックバスを駆除する一方で、同じ外来種のニジマスは各地で盛んに放流されている。これは人間が生命を手のひらで、オモチャのようにもてあそんでいるのではないかと。少なくとも、子供の僕には納得できない話だった。
「ニジマスは流線型だな」
東海林君がつぶやいた。
作品名:僕の村は釣り日和4~賛美歌 作家名:栗原 峰幸