僕の村は釣り日和4~賛美歌
父が叫んだ。そう言えば、父親は昨日一匹も釣っていない。これが一匹目となる。父の竿が絞り込まれた。父は渓流用のストリームマスターという竿を使っている。イワナやヤマメを相手にする竿だから、ブラックバスが掛かると満月のようにしなるのだろう。
ブラックバスが針を外そうと、必死にもがき、水面で暴れた。しかし、しなやかな竿は魚のショックを吸収して、それを許さない。父親も竿の角度を変えながら、確実に魚を寄せていた。
父がブラックバスの口に指を突っ込んだ。そして抜き上げられた魚体は、あまり黒くない銀色だった。サイズはそれほど大きくないが、きれいな魚だ。
ブラックバスは自分が釣られたことが信じられないような顔をして、エラをリズミカルに動かしている。時々尾ビレを動かして抵抗するが、しっかりと下アゴをつかまれているので逃げることはできない。
「やっぱり、トゥイッチとポーズですか?」
東海林君がリールを巻きながら父親に尋ねた。
(トゥイッチ? ポーズ?)
それは僕にはわからない釣り用語だった。
「そうだね。軽くトゥイッチングして、少しポーズを入れた方がいいみたいだね」
父が針を外しながら答えた。それにしてもワカサギに似せたルアーに食らいつくとは、やはりブラックバスは小魚を食い尽くす害魚なのだろうか。
「トゥイッチっていうのは、竿先をツンツンさせながらリールをまくことで、ポーズっていうのは、リールを巻くのを止めることさ。それをテンポよくリズミカルに行うんだ」
東海林君が初心者の僕にていねいに解説してくれた。
僕はもう一度ミノーを投げて、言われたとおりにやってみる。だが意識し過ぎているのか、どうもギクシャクしてしまう。
「リールを巻くのがまだ速いよ。それじゃあ、バスは追いつけないぜ」
「だってブラックバスは他の魚を食べるんだろう? だったら猛スピードで追いかけてくるんじゃないの?」
僕はブラックバスが大きな口を開けて、猛烈なスピードでワカサギを大量に飲み込む姿を想像していた。
「ワカサギの体の形と、ブラックバスの体の形を比べてごらん」
父がポツリとつぶやいた。
僕は昨日の夕方に東海林さんが釣り上げた、あのでっぷりとした大きなブラックバスの姿を思い出した。それに比べてワカサギは流線型で細長い。
作品名:僕の村は釣り日和4~賛美歌 作家名:栗原 峰幸