僕の村は釣り日和4~賛美歌
「あんた、クリスチャンかね?」
ポールさんが親しげな笑みを浮かべて、東海林君に歩み寄った。
「僕は違います。でも死んだ父がクリスチャンでした。よく教会にも連れていってもらったので、この曲が耳に残っていて……。好きなんですよ、この曲」
東海林さんはギターを元の場所に戻しながら、照れ笑いをしながら言った。
「実は私たちもクリスチャンです。神を賛美し、感謝することは大切なことね。お客さんの前ではお祈りしませんが、いつも心の中でお祈りしてます。今日、バスが釣れたのも、こうやっておいしい食事ができたのも神のみ恵みです。感謝の気持ちを忘れないでください」
ポールさんはやや熱い口調でそう語った。東海林君は真剣な目でポールさんを見つめ返していた。
僕は神様などいるかどうかわからなかったが、確かに感謝の気持ちは大切だと思う。
「お礼に私も一曲、お聞かせしましょう」
ポールさんは窓の脇にあるピアノに向かった。学校の音楽室にあるピアノは、シロナガスクジラの口のような大きなピアノだが、ここにあるのは家具調のかわいらしいピアノだ。
心地よい和音が響いた。ポールさんが何やら英語で歌い出す。
「ビートルズのレット・イット・ビーだな」
どうやら父はこの曲を知っているらしい。ポールさんの声は少ししわ枯れているが、深みのある声だ。
「レット・イット・ビーってどういう意味?」
僕が父に尋ねる。
「なすがままに、というさ」
「ナスがママ?」
「そのままにとか、自然にまかせてってことさ」
「ふーん」
深みのある声と繰り返される「レット・イット・ビー」という言葉は、僕の頭の中をグルグルと回った。
それはブラックバスの問題や東海林君の心の傷を、成り行きにまかせろと言っているようにも聞こえる。
ポールさんが歌い終わり、みんなでまた拍手をした。ポールさんは照れることなく、自信たっぷりに「イエーイ!」と叫んでいる。まるで自分の演奏に酔っているようだ。
ポールさんが新しいウイスキーを開けた。父はあまり飲んではいないが、ポールさんはかなりの酒豪である。そして豪快な笑いが絶えない。楽しい夜だった。
僕はふと思った。アメリカ人と日本人がこうして仲良く暮らせるのに、どうしてブラックバスは日本の魚と仲良く暮らせないのかと。
作品名:僕の村は釣り日和4~賛美歌 作家名:栗原 峰幸