ドーナツが世界にあふれる朝
冷蔵庫から出したレタスとキューリとピーマンとトマトを適当に切ってサラダボウルに盛った。つぎにスライスチーズを折り畳んで切り野菜の上に並べる。ドレッシングはイタリアンを選んだ。ついでに彼のカップにコーヒーを注ぎ足す。
わたしがソファーに腰をおろすと、タカユキさんは読みかけの新聞を置いて、あらためておはよう、と言って笑った。わたしも笑って応える。
タカユキさんは先ず最もプレーンなドーナッツを手にとる。そして半分ほど齧ってからコーヒーを飲み、今度はそのコーヒーにドーナッツを浸して食べる。いわゆるダンキンといものだ。
いつもはコーヒーにクリームと砂糖を入れるタカユキさんだがドーナッツを食べる時だけはブラックにする。ドーナッツの時にはその方がおいしいと言うのだが、わたしは初めからブラックの方が好きなのでその事について特に感想は言わない。
二個目のドーナッツを取ったタカユキさんは何故か手に取ったドーナッツをじっと見ていた。冗談のつもりではないがそれこそ穴の開くようにじっとだ。
そして、うーん、と唸る。
「どうしたの」とわたしが聞いてもやはり、うーん、と唸るばかりだ。そして――。
「このドーナツの穴なんだけどね」と真剣な顔でわたしを見る。
「このあとは何処に消えてゆくんだと思う」と再びドーナッツを見つめた。
「なにそれ、お笑いのネタか何かかしら」とわたしが茶化しても、彼の真剣なまなざしは変わらない。
「いや、たしかにドーナツの穴と言えば定番のお笑いネタには違いない。でもやっぱりドーナツのアイデンティティと言えばこの穴にこそ凝縮されていると思わないかい」と彼が真剣そのものの声音を出す。
確かに、お笑い芸人が笑いながらボケても誰も面白いとは思わない。
けど、わたしの目には彼の表情は真面目そのものに映った。
「でも」とわたしは一呼吸。
「穴の無いドーナツだってたくさん有るわよ。ほらここにも捻ったのやチョコクリームの入ったのや……」わたしは皿に載っている残りのドーナッツを指さした。
作品名:ドーナツが世界にあふれる朝 作家名:郷田三郎(G3)