僕の村は釣り日和3~バスフィッシング
東海林君が隣で励ましてくれる。そんな声も耳に入らないくらい僕は動転し、そして夢中だった。
目の前に魚が寄ってきた。ワームを口にくわえてヌーッと泳いでいる。
(こいつが俺の釣ったブラックバス。初めて釣ったブラックバス……)
そう思うと心臓の高鳴りは頂点に達した。この時、僕はブラックバスの存在感に圧倒されていたのかもしれない。
さて困った。僕には東海林君のように、ブラックバスの口の中に指を入れて引き抜くなんて技は到底できそうにない。
「そのまま岸にずり上げちゃえよ」
東海林君も僕にそこまでの技量がないことはわかっているのだろう。無理せず、岸にずり上げることを勧めた。
僕は彼の助言どおりにブラックバスを岸へと寄せる。それでもブラックバスは最後まで抵抗をあきらめなかった。岸辺で激しい水しぶきが上がった。それが僕の顔にかかり、冷たい。
それでも、気が付いた時には30センチはあろうかというブラックバスが、水辺の石の上に尾をばたつかせながら横たわっていた。
少々格好悪い取り込みだったが、こうして僕の人生初のブラックバスは見事に釣り上げることができたのである。
「やったな、おめでとう。綺麗なバスじゃないか」
東海林君が僕を讃えてくれた。僕はブラックバスを改めて眺める。そして触ってみた。
ざらついた、粗いウロコの感触がいかにも異国の魚のような印象だ。
「どうだい、初めてのブラックバスは?」
携帯灰皿を手にした父が歩みよってきた。
「すんげー、ドキドキしたー」
実際に僕の心臓は、まだバクバクと脈打ち、体の隅々まで血液を送っている感じだ。
「そりゃ、初めては誰だってそうさ」
東海林君がフォローを入れてくれた。
初めて自分で釣ったブラックバスは、太陽の光を反射して腹側が銀色に輝き、背中は東海林さんのおじいさんにもらったナスのように黒光りしている。
僕は針を外すと、東海林君のように口に指を入れ、下アゴをつかんでみた。するとブラックバスはバタバタと暴れ、僕の手に生命の躍動感が伝わった。
(立派に生きているんだな。ブラックバスも……)
僕が繁々とブラックバスを眺めていると、東海林君が魚体に触った。
「リリース(放流)するんなら早くした方がいいぞ」
作品名:僕の村は釣り日和3~バスフィッシング 作家名:栗原 峰幸