小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

無効力恋愛

INDEX|5ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

「別に疲れないけど、汗ぐらいかくよ。臭い?」
「汗臭いってんなら俺の方が酷いと思うけど、帰る前に湯(ゆ)楽(ら)ラ寄ってかない?」
 湯楽ラは正式名称湯楽ランド。名前の通り銭湯だ。数種類の風呂にサウナ、食事処にゲームコーナー、マッサージコーナーまで揃った、所謂スーパー銭湯である。入浴料は大人四〇〇円。平日学割三〇〇円だ。
「はぁ?! あんた怪我してんだろ!」
「捻挫してたら風呂入らねーのかよお前。安心しろよ、換えの湿布も包帯も貰ってきたし、なんならぱんつもある」
「俺はないの! いいから大人しく帰れ。送ってやってんだから!」
 理人は何故か憤慨したように言い捨てると、ペダルを漕ぐ足を速めた。踏み込む一歩で車体が揺れる。
「うわ! いきなり加速すんな!」
 十貴はバランスを崩し、理人の背中に掴まった。
やっぱり十貴の背中より広い気がする。十貴は先日、武辺が言っていたアメリカ製プロテインの話を思い出した。その辺のドラッグストアで扱っているものより高品質でキロ単価は安いとか。筋トレをしていても、今ひとつ身体の薄い十貴には気になる商品だ。
「……白宮さん、背中くすぐったいんですけど……」
自転車は止まることなく銭湯前を通過した。
「あー……。お前最近付き合い悪くない?」
 恨みがましく溜息を吐きながら、十貴は理人の背に?のの字?を書いた。勿論、嫌がらせだ。
「……よくそういう……やめろ! まったく!」
―――風呂になんか、入れるか!
「ああ? 何か言った?」
「言ってない!」

 十貴の家は住宅街の入り口にあった。理人が玄関先に自転車を停める。家の明かりはない。礼を言って自転車を降り、理人に寄らないか尋ねた。
「今日はいいや。―――で、明日何時に来ようか?」
「―――っ、」
 不意打ちを喰らって言葉に詰まる。断ったと思った話を蒸し返されるとは思わなかった。別に嫌なのではない。そもそも理人の申し出は、十貴にとっては有り難いだけの話なのだ。自転車は古いが、運転手の技量がそれを感じさせない。乗り心地は悪くなかった。
こうなってくると、十貴の常識的判断に基づく遠慮など、風の前の塵に等しい。
人が折角気を遣って遠慮してやったのに。いささか転倒したことを思いながら、時間を指定した。
「……七時半、」
 なんとなく陥落した気分だ。拗ねた表情はものを頼む人間の態度ではなかったが、理人は笑顔で肯いた。
「了解。おやすみ」
 片手を振って、走り去る。荷物を下した自転車は先ほどより軽く見えた。しばらく十貴は見送っていたが、ふと思い出し、五十メートルほど離れた背中に向かって声を張り上げた。
「お前、結局なんの用だったの?!」
 角を曲がりかけていた理人は、戻って答えた。
「言っただろ、ミーティングだって、伝言!」
「そんだけ?!」
「そんだけ!」
 こんどこそ、理人は見えなくなった。十貴は誰もいない夜道を眺めた。
「……メールで言やいいじゃん」
 時計の針は、もう十時に近かった。

   +++

 理人は律儀な運転手だった。十貴が指定する時間の十分前には玄関先に現れる。二人の地元から学校まで、自転車なら一時間と少し。理人があんまり当然のように振る舞うので、一日もしないうちに十貴も慣れ、スーパーから貰ってきたダンボールを勝手に荷台に括りつけた。
「なにそのダンボール」
「ケツが痛いから、座布団」
 車体の古び方とダンボールの相乗効果で、理人の自転車は、安達曰く「昭和の野菜売りの風情」だ。
 徒歩十五分の距離を、十貴は朝練代わりに走っていたのだが、それに比べると、他人に運ばれる登下校は癖になりそうな楽さだった。部活は事情を説明し、ストレッチや筋トレ、怪我に負担をかけないメニューだけをこなして、普段より早めに上がることにした。安静期間が過ぎたら、すぐテスト週間に入る。進学校の常で試験中の部活は完全に禁止だ。まるまる二週間練習できないのは辛いが、不安がっていても仕方ない。
「久々に運動すると堪える」
 二日目には理人は筋肉痛を訴えていたが、その割りに走行速度は落ちず、息の乱れも酷くはない。運動不足だと言うが、基礎体力は高いのだ。
 理人が体力、持久力ともに優れていることに、今更十貴は驚かない。中学時代、十貴とともに陸上部にいた理人の専門は長距離走だった。成績も良かった。八〇〇メートルで県内三位に入賞したこともある。駅伝大会でもあれば必ず代表選手に選ばれていたものだ。
「……お前なんで陸上続けなかったの?」
 理人の自転車に揺られながら、十貴は何度目かになる質問を口にした。後ろ向きに座っていると、街並みがフィルムの逆回しのように流れていって面白い。
「またその話? やめるって言ったときはそんなに拘らなかった癖に」
「辞めるなんて言ってないぞ。高校入って、部活どうするかって聞いたらお前、入らないって言ったんだ。辞めると入らないとじゃ、結構違うぜ。……そりゃ続けるの辞めるのもお前の勝手だけどさ、やっぱりもったいないと感じる。俺はな」
「……俺は白宮みたいには走れないよ」
 陸上を辞めた理由を聞くたびに、理人は必ずこう言った。正直、十貴には不快である。十貴とて楽に走っているわけではない。大体自分と同じ必要がどこにあるのだろう。逆に、十貴が理人と同じように長距離を走れるかと言えば、それだって難しい。
「あ、お前ほんとうは短距離やりたかったの?」
「……そういうことじゃないよ」
 もしかしたらと思ったのだが、十貴はまた見当違いのことを言ったらしい。理人が少し笑った。
陸上を辞めた理由を尋ねると、理人の雰囲気が硬化するのに、十貴は気付いていた。何か言いたくない理由でもあるのかと、判っていて思い出したようにそれを話題に出すのは、十貴の意地の悪さだが、十貴には十貴の言い分がある。
 辞めるのは勝手だ。十貴に止める権利はない。でも理由くらい教えてくれたっていいと思う。教えたくないのなら「教えたくない」と言えばいい。それでも十貴は十分納得しただろう。気に入らないのは理人が何か隠している所為だ。限界だの、自分のように走れないだのと、妙な憂いを背負って口走られても癪に障るばかりだ。「疲れるからもうやらない」とでも言われた方が、どれほど説得力があるだろう。隠したいなら本気で隠せ。何かあるように匂わせて、結局、本当らしいことは何一つ言ってくれない。
 更に気に入らないのは、理人が「何か隠していること」に、十貴が気付いていないと思っているらしいことだ。
全く、一体、何年付き合ってると思ってるんだ。
「じゃあどういうことだよ」
「あんたは走ってるとき何考えてる?」
 質問を質問で返されるのは、馬鹿にされているようで好きじゃない。しかも理人の口からこの台詞が出るのは、この話題の時のセオリーと化していた。十貴は憮然として答えた。
「何も。前も言ったろ。十秒やそこらで何考えろってんだ」
「……俺は長距離だったから、そこそこ時間があったんだよ。走ってるときって、横に競争相手がいても結局一人だから、変な思考に嵌っても自分でどうにかするしかない。―――精神面(メンタル )弱いんだ、辛いから、もう無理だと思ったね」
「……、」
「白宮は独りで走るの、平気だろ」
作品名:無効力恋愛 作家名:こまこ