無効力恋愛
「何部にするかもちゃんと展望があるんですよ。映像部! どうよ! 写真取ったり、ビデオとったり写真見たりビデオみたりビデオみたり、いやさDVD見たりDVD見たりDVD見たりすんの。部室はね、ボロ校舎の視聴覚室。使ってないし、でかいテレビあるだろ。三号館の教室って、漫研のやつらも使ってるんだから駄目とは言わせねえよー。職員室から遠いしね」
「……ビデオが見たいんだな」
「NONNON。最近はDVDが主流ですよ。うち最先端機器に恵まれてねーからさー。ぶっさんちで一緒に見ようっていうと、ぶっさん嫌がるしー」
「当ったり前だ」
動機のビデオ云々はさておき、発想自体はそう悪くないように思われた。希望を出したら通るかもしれない。機材は………理人がデジカメもデジカムも持っている。理人の父は製造メーカーの技術者である。父の影響で理人も機会を触ることは好きだった。安達も端からそれを当てに話しているのだろう。それに、
「実績ある奴がいると申請しやすいんだよー。な、協力してよ、このとーり」
「……」
理人は中学三年の時、たまたま撮った一枚の写真で賞を貰ったことがある。地元新聞社の、しかも学生枠の小さな賞なので、そう権威があるわけでもないが、賞は賞だ。学校を説得するには有効なカードである。
尤も、その時の理人にはなんの技術もない。別の機会にカメラを持っても、凡百のスナップ以上のものが撮れたことなどなかった。受賞は本当に偶然の賜物である。
だが、それ以来写真やカメラに対する関心が生まれたのも事実だ。評価を受けたことは二の次だった。理人は、自分の手で対象を印画紙上に焼き付ける、その行為自体に惹かれた。その頃の理人にとって、被写体が自分のものになる感覚は麻薬のような吸引力を持っていた。
陸上を辞めて、正直時間を持て余していたのもある。部活に入っていないばっかりに、面倒な委員や仕事を押し付けられるのもごめんだった。下らないと思ったが、その下らなさが面白いという気持ちも湧いた。大分、安達に洗脳されているとも思ったが。
……まあいいか。だめもとだ。
「五人必要(いる)んだろ。残りどうすんだよ」
「お、やる気! やったね!」
安達が机を叩いた。
安達は意外な実行力を見せ、たちまち話は具体化した。既に部員候補は三人目まで決まっており、もう一人は隣の組の平井。安達がよく教科書やノートを借りてくる相手だ。
「協力したらもうアレなDVD抱えて俺んちに篭城しないって言うからさ……」
平井は疲弊した顔で言った。理人が安達の『上映会』を断った弊害は、全て平井が受けていたらしい。大柄だが、迫力や威圧感よりも穏やかでお人好しな印象がある。「ブロントザウルスっぽいだろ」とは安達の言だが、なるほど、草食獣の雰囲気があった。
「平(ひら)菓子(がし)が部長ね、副部長がぶっさん」
安達は、どこから手に入れてきたのか《新部設立要望書》なる書類にペンを走らせながら言った。平菓子とは実家が洋菓子店を営んでいる平井に、安達が付けた渾名だ。
「なんで俺、部長なの? 安達がすればいいじゃん」
「俺より平菓子とぶっさんが代表の方が説得力あるじゃん。俺じゃ書類審査通らね」
平井は困惑して眉を寄せたが、安達の強引さに押し切られ、部長の任に就かされた。
活動内容は『映像作品の製作及び鑑賞』
活動目的は『写真や短い映像作品の作成、発表。また、伝達手段としての映像と芸術作品としての映像、商品としての映像の違いを考察し、それらに触れることで、物事を多面的に見る目を養う』
「うは、嘘くせ。さすが俺」
安達は迷い無く記入項目を埋めていった。意外な才能だ。大方の体裁が整い、あとの問題は残り二人の部員である。どうするか、理人と平井が顔を見合わせる横で、安達は空欄の一つに名前を書き入れた。
「武辺? バスケ部の?」
「武辺ぶっさんのこと知ってたし、いいべ、別に。話したら面白そうだし参加するって。アホだ。文化部と運動部は掛け持ちできたっしょ」
いいかと問われて断る理由もない。理人は了承しつつも、少々意外だった。確かに、武辺のことは知っていた。だからこそ武辺と安達の接点がわからない。
外見一つとっても、ジャージ愛用、「そこはかとなく美大系若手芸人臭がする」などと評される安達と、中学時代は生徒会役員をこなし、陸上部とバスケ部を兼任。高校でもバスケ部員で長身、同じ制服を着ているのにどこか垢抜けて見える武辺とでは、相容れる要素など無いように思われた。
「武辺って同じ学校出身の奴が言ってたけど、すごいモテたって。なんで安達と友達なの?」
理人の抱いたものと同種の疑問を、平井はストレートにぶつけた。穏やかなようで遠慮がない。
「なによその失礼発言。あいつただの変人だぜ? 学食行ったら武辺と白宮が飯食っててさ、仲間に入れてもらったわけ」
「ト……白宮?」
十貴と理人は小中と同じ学校だ。したがって安達とも同窓である。そして陸上の大会などを通じ、武辺とも面識があった。高校で顔を会わせた二人は、当然のように親しくなった。一方、条件だけなら十貴とそう変わらない筈の理人は、武辺と大した会話する機会もないまま一年の一学期を終えていた。
「ああ、もう、最後の一人白宮でよくね?」
安達が椅子を揺らしながら言った。
理人は表情を変えぬまま、固まった。
「白宮って陸上部期待の新人だろ。入らないだろ。大体、陸上のホープとかバスケの一年レギュラーとかにばっか、掛け持ちさせていいもんか? あいつ等になんの利益もない上、下手したら不利益になる掛け持ちだぜ。コッチの監査も厳しくなるかもしれない」
平井の至極常識的な発言を聞き、理人は遅まきながら冷静さを取り戻した。
小難しい活動目的を書いてはいたが、結局安達は、学校でこっそりアダルトビデオを見てみたいという、悪ノリ過剰の肝試し的発案で動いているのだ。万が一現行犯で捕まったら一発停学といったところだろう。
とはいえ、安達もそう無責任ではない。「コケたら自分でオトシマエ」が安達の身上だ。いい加減に見えるが自分なりの道徳律は持っていた。
だが、万が一を回避するためにこそ平井と理人はいるのだ。それが共犯としての存在意義だ。
「そりゃそうだけど、この面子であいつ無視すんのも変じゃね? ぶっさんとりあえず話通しといてよ」
安達の言葉に、理人は一応肯いたが、十貴をこのふざけた部活に巻き込もうとは思わなかった。
そもそも十貴が部活の掛け持ちなど、するはずが無い。理人や安達と違い、十貴は(武辺もそうだが)万が一にも停学処分など受けたりしたら、それが公式大会出場に影響しないとも限らないのだ。一稜高校は対外的に成績優秀、品行方正を二大柱として重視する傾向がある。
馬鹿なリスクを犯すような真似はしない。
何より十貴は走ることが好きなのだから。
だが結局、十貴は映像部の部員名簿に名を連ねた。名前のみ。活動は、勝手にヤれと十貴は言った。
「AV見るために部活するなんて、しかも実行すると来たもんだ。安達が見上げた馬鹿なのはともかく、付き合うお前らも相当だな。バレたらどうすんだ」