僕の村は釣り日和1~転校生
「おおーっ、リールもすげえや。アブのアンバサダー5000Cがあるよ。5500Cじゃなくてギア比の低い5000Cを使っているあたりがマニアだな。黒いボディもイカすぜ。あっ、こっちはカーディナル33とミッチェル408じゃないか」
僕には東海林君が何を言っているのかよくわからなかったが、学校での虚ろな目とは違い、この時、彼の目は明らかに輝いて見えた。今日、高田君との一件があっただけに、そんな彼の輝かしい目を見ることができて、僕まで何だか嬉しくなってきた。
東海林君は僕が勧めたサイダーにもポテトチップスにも手を伸ばすことなく、ただただ釣り道具を眺めていた。
僕はタックルボックスと呼ばれるルアーケースを広げた。そこにはぎっしりとルアーが詰まっている。
「おおっ!」
東海林君からため息のような声が漏れた。
「す、すげえ。レア物ばっかりじゃないか!」
「そうなの?」
「バルサ50にズイール、スミスにヘドン……」
「ヘドンって怪獣の名前みたいだね」
「ぷぷっ!」
今までクールを決め込んでいた東海林君が、思わず吹き出した。
「いやー、すごいな。下手なショップよりお前の家のほうが品がそろっているぜ……」
「僕には価値がイマイチわからないんだよ」
「マニアにはたまらないぜ。それにお前のお父さんは釣りが上手いな。ルアーのそろえ方を見ればわかるぜ」
「と言うことは、君も上手いってことだね」
「……まあな」
東海林君は照れたように頬をかいた。
「そろそろ晩ごはんよ。お友達もご家族が心配しているんじゃない?」
母の声が響いた。
「いけね」
窓の外を見ると、もう陽はとっぷりと暮れていた。
「どうもお邪魔しました」
東海林君は帰り際にも深々と頭を下げた。母も「またいつでも遊びにいらっしゃい」と笑顔で送り出す。
「僕、送っていくよ」
「いいよ。大丈夫だよ」
「いいって、いいって」
暗くなった夜道を懐中電灯で照らしながら、二人で歩いた。秋の虫の声がそこら中から聞こえる。
「自然が豊かっていうのはいいなあ。でも都会で育った俺にはどこか寂しい気がするんだよな」
東海林君がしみじみと言った。この地で育った僕にとっては当たり前の景色や音が、彼には違って見えるのだろうか。
作品名:僕の村は釣り日和1~転校生 作家名:栗原 峰幸