僕の村は釣り日和1~転校生
「確かに何年か前まではいたらしいんだけどね。大人たちがブラックバスは悪い魚だって言って、ため池の水を一度全部抜いちゃったんだ。そしてブラックバスだけ殺したんだよ。この辺りじゃ竜山湖まで行かなきゃブラックバスは釣れないね」
「ひどいことしやがるぜ、大人たちは……」
それでも東海林君は釣るのを止めなかった。何度も何度もルアーを黙々と投げたのである。その姿はまるで何かに取り憑かれているようだった。僕はそんな彼を飽きもせず、腰を下ろして眺めていた。
「なあ、お前は釣りをしないのか?」
突然、東海林君が僕に尋ねてきた。
「たまに行くよ。ブラックバスはまだ釣ったことないけどね。川でウグイを釣ったり、それとマス釣り場のニジマスを釣ったりするくらいかな。でも僕のお父さんはブラックバスを釣るんだ」
「へー、やるじゃん。お前のお父さん」
東海林君の口元が少し笑ったような気がした。その時だった。急に竿が満月のような円を描き、リールがジリジリと軋んだ。
「まさか、ブラックバス?」
体育座りをしていた僕は、慌てて立ち上がり、東海林君の方へ駆け寄った。見ればリールからは糸がどんどん引っ張り出されている。相当の大物だ。
「いや、違うな。バスの引きじゃない。絡み付くような変な引きだ」
東海林君は何度も竿を立てては寝かせ、その度にリールを巻き取る。先程の涙は乾き、今彼を濡らしているのは汗だ。
魚も疲れてきたのだろうか。次第に岸辺に寄ってきた。
「うわっ、何だこりゃ?」
何と釣り糸の先には、大きなヘビのような魚がうねっているではないか。僕はその不気味さに思わず尻餅をついてしまった。
「すげえ、カムルチーだ」
「カムルチー?」
「ライギョのことだよ」
東海林君はその得体の知れない魚を岸にズリ上げた。そして、ルアーをガップリ咥えたカムルチーを高々と持ち上げる。それはドジョウを大きくしたような、ヘビのような顔をした魚だった。
「ブラックバスを殺しても、カムルチーは殺さなかったんだな」
東海林君がカムルチーを繁々と眺めながらつぶやいた。
「何なの、その魚?」
「昔、朝鮮半島から輸入された魚さ。こいつも獰猛でね。小魚やカエル、ヘビ、鳥まで襲って食っちまう」
「へー……」
「ブラックバスは許されなくて、何でこいつは許されるんだろう?」
作品名:僕の村は釣り日和1~転校生 作家名:栗原 峰幸