僕の村は釣り日和1~転校生
学級委員長の小森さんが優等生らしく先生に質問をする。別に点数稼ぎをするつもりではないことはわかっている。小森さん流の気遣いなのだ。
「おお、そうだな。桑原の隣が空いているな。とりあえずそこへ座ってもらおうか」
こうして転校生、東海林正は僕の隣へ座ることになったのである。
東海林君が座る時、僕は「よろしく」と声をかけたが、彼から返事はなかった。彼はただ虚ろな目で黒板の上にある時計を眺めていた。
(こいつ、僕を、この村をバカにしているのかな?)
ただ、東海林君は下校まで誰とも口をきくことなく、ただボンヤリとしていた。
下校の時、東海林君は誰よりも早く下校した。その後ろ姿がどことなく寂しそうだった。
「おーい、桑原!」
不意に後ろから斎藤先生の声がした。先生が手招きをしている。近寄ると先生は腰を落とし、目線を僕の目線に合わせた。
「あのなあ、先生からのお願いなんだけど、何とか東海林を元気づけてやってくれんか?」
先生は本当に困ったような顔をしていた。僕は「学校に慣れさせるのは先生の役割だろう」とも思ったが、斎藤先生の顔を見ていると、とてもそんなことは言えなかった。
「できるかどうかわからないけど、やれるだけやってみます」
今はそう答えるのが精一杯だった。
次の日も、東海林君はショルダーバッグでやってきた。他の子はみんなまだランドセルだ。
僕はショルダーバッグに付いているマークを見て、ハッとした。
「ねえねえ、これフォックスファイヤーじゃないの?」
すると東海林君は「何で知っているんだ?」とでも言いたげな表情をして固まってしまった。
「僕のお父さんも持っているよ。このメーカーのバッグ」
「そうか。こんな山間の村でもフォックスファイヤーのバッグを売っているのか」
「まさか。隣の笹熊市の専門店で買ったらしいよ。釣り道具なんかもよく買ってるよ」
「お前のお父さん、釣りをするのか?」
「よく行ってるよ」
「でも、フォックスファイヤーを知っているやつがいて少しホッとしたぜ」
東海林君の口元が少し緩んだ。こわばっていた目も緊張が少しほぐれたように思う。僕は自分の席の座り心地が、昨日より少し良くなった。
その日も東海林君は真っ先に下校した。他の子はみんな校庭で野球をしたり、ドッジボールをしたりして遊んでいる。僕も泥まみれになりながら野球をした。
作品名:僕の村は釣り日和1~転校生 作家名:栗原 峰幸